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ココロ~another future~

第8話 神の背を追う

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 (どうして……こうなった?)
 ひたすらに続く赤黒い大地、その先にある地平線を見つめて、立川オサムは考える。
 戦争末期、弱小国が最後の足掻きとして、禁じられた兵器、核を使った大地。命ある全ての存在を否定する炎が、容赦なく世界を焼き尽くした。
 生き残った人々は、民の血に怒り、家族の死に悲しみ、復讐という名の殺戮を再び繰り広げた。
 ウイルス兵器。わずかに残った草木や昆虫達を死に至らしめ、戦争を根絶するために大気をも殺した、人間が人間に下した愚かなる天罰だ。
 散布された小さな暗殺者たちは、戦場にいた兵士達を次々に殺していった。宇宙やシェルターに逃げられなかった、貧しく弱い人々も、慈悲なく地獄へ誘った。
 あまりにも遅すぎる終戦協定が結ばれたのは、地球という星が死に絶えた後だった。大地は枯れ、水は無くなり、命が消えた、真の終結の後。
 誰もが後悔し、己の愚かさに震えた。自分達の故郷を自分達の手で破壊し、その事実に声を上げて涙した。一部の賢者達を除いて。
 地上に蔓延るウイルスを撃滅するために、生き残った賢者は知を結集した。結果、終戦後わずか1年で見えない暗殺者は大地から消えた。汚染された大気という置き土産を残して。
 人々はまだ、シェルターから地上に出れず、また、宇宙から戻れなかった。住んでいた場所はことごとく核の炎に消し飛ばされ、食物が実っていた大地は血の色をした死の土へと変わっていた。生身で息を吸えば、たちまち死に至る大気もまた、その一因だった。
 賢者達は再び動く。荒れた大地は戻せないと判断し、大気だけでも元に戻そうと、中和剤の開発に勤しんだ。シェルターにも簡易宇宙コロニーにも、残された時間はもはや少なく、人々の絶望は消えなかった。
 しかし、間に合った。地中と宇宙で、中和剤は完成した。争った国々が協力し散布されたそれは完璧ではないが、内服系中和剤と併用すれば、人々は大地に立てることとなった。
 (そして、都市ができた)
 生きる大地を取り戻した人々は、中和剤なしで生きれる空間を作り出そうと躍起になった。先の賢者達を先頭に、隔離浄化システム『エアフィルター』で区切られた空間、都市を生んだ。
 人々はそこで命を真っ当し、家族に見守られて死ぬことができるようになった。だが、心に刻まれた暗い傷までは、賢者達の力をもってしても消すことはできなかった。
 自ら命を絶つものが、次々と現れた。多くの者が困惑する中、それらは遠く離れた都市でも爆発的に増加し、世界問題とまでなった。
 都市には、人以外の命がなかった。栄養源のために生み出される家畜や植物のほかに、癒しとなるべきものが何一つなかった。そんなものを考えている余裕もなかった。
 (故に人々は癒しを求め……)
 留まることのない自殺。死の先に何を見出すのか、彼らは次々に天国という名の奈落へと堕ちていく。皆が癒しを求めた世界で、癒しを与える存在を作り出すことが急務となった。
 (そして、笑顔売りが誕生する)
 アンドロイドは、当時名前ほど普及していなかった。戦線に使うこともできない、せいぜい作業用ロボット程度のものだったが、科学者達はまたも、救世主となる。
 人を模したロボット、それも精密に、笑顔だけを人々に売るアンドロイドが作られた。笑顔売りと言われるそれらはすぐに世界中の都市に送り届けられ、量産された。
 その笑顔に、人々は蟻のように群がった。我先にと手を握り、擬似的に作り出された人のぬくもりに癒された。この時、自殺者により世界人口は半分に減っていたという。
 欲というものはどこまでも深いらしく、彼らはもっとそばに人を感じたいと思い始める。この時には、アンドロイドは金になることは嫌というほど証明されていたので、開発者はこぞって人型アンドロイドの作成に乗り出した。
 抱き人形と呼ばれる、性欲と安心感を同時に満たすアンドロイドは、男性型と女性型の両方が作られ、外見パターンも一気に増えた。それらの技術は、笑顔売りにも受け継がれ、アンドロイドはもはやポピュラーな存在となっていった。
 この頃、娯楽都市として観光客を集めていた旧北海道のニコツーに、天才が生まれる。
 (秋山美鈴)
 彼女は10代前半でその才覚を表し、15歳でニコツーの一流大学を主席で卒業、アンドロイド総合研究所でさらに成長し、21という若さで個人の研究施設を構える。
 その2年後、超高性能な擬似感情プログラムを開発、それを搭載した、歌うアンドロイド『VOCALOID』を作り出し、莫大な富を得た。彼女の名は世界中に知れ渡り、ニコツーの観光客を10倍以上に増大させるという快挙を成し遂げる。
 秋山美鈴の進化は止まることなく、今も続けている。それは、立川自身がよく知っている。
 きっと、今も成長を続けているのだろうと思う。赤い大地を進む陸上自動車の振動に揺られ、助手席で寝息を立てている今も、きっと。
 (……どうしてこうなった)
 溜息混じりに、もう一度自分に問うた。
 なんでも、いちいち驚くのが馬鹿らしくなるほど人間に近いアンドロイド、リンの兄弟機となるシステムが存在したとか。それをもっと詳しく調べるために、リンの生みの親であるクリプトン博士の研究所へと向かっているのだ。
 一度は立川も行っている。というより、そのリンを拾ってきたのは彼なのだ。道に迷うことはない。
 それはいい。運転手になってやることは構わない。その間隣で寝ていたとしても、周りは景色も何もないのだ、文句を言うつもりはない。
 だが、そんなことより。
 「まさかまた帰ることになるとはなぁー」
 「リンの昔のお家、楽しみですわー。どんなところですの?」
 「昔は花畑が近くにあったけど、今じゃなくなっちゃってるし、中もボロボロだよ。面白くないかも」
 「でも、リンが生まれた場所だもんね、見てみたいな」
 「美鈴さんの研究所のほうが綺麗だから、ミクちゃんに見られるのは恥ずかしいなぁ」
 「そんなことないよ。リンを作った人がいた場所、興味あるもん」
 「あ、じゃあ皆でクリプトン博士のお墓参りしませんこと? きっと喜ぶと思いますわ!」
 「うん、それいいね! 私も博士に挨拶しないと」
 「……少し静かにしてくれ」
 とめどなく続くお喋りに、立川はさすがに割って入った。考え事をしている間もずっと続いていた彼女たちのマシンガントークは、きっと止めたところで無駄なのだろうが。
 案の定、沈黙は一瞬だけで、すぐに少女たちの話し声が車に満ちた。
 もはや溜息しか出ないが、目的地についてしまえば少しは静かになるだろう。今は運転に集中しようとした立川に、助手席から声がかかった。
 「すまんな、騒がしくて」
 「覚悟はしていた。が……ここまでとはな」
 渋面を浮かべる彼を見て、美鈴は眠たそうな目をしたまま笑う。
 「年頃の女の子が集まれば、こんなものさ」
 「うち2人はアンドロイドだろう」
 「まぁな。心があると、ここまで賑やかになるらしい。メイコだったらこうはいかなかったろうがね」
 まるで家族旅行だ、と笑って、美鈴は再び目を閉じた。禁煙車であるがため、ヘビースモーカーである彼女は、寝て気を紛らわしているらしい。
 煙草の臭いが嫌いな立川は、愛車に臭いがついてはたまらないと、その申し出を許可してある。話をするのが好きな性格ではないので、むしろ寝ていてくれたほうが助かる。
 (後ろの連中もな)
 心の中で呟いて、アクセルを踏み込む。都市の外にはスピード制限はない。今は時速120kmで走っているが、これでも半日かかる距離に、クリプトン研究所はあるのだ。ぶつかる危険のあるものはないし、陸上自動車とはいえ、多少の凹凸ならこの車は転倒することはない。
 背中に聞こえる会話を耳から締め出し、立川は運転に集中する。ひたすら真っ直ぐ進むだけなのだが、それにすら集中できる自分の精神力に、立川は心から感謝した。
 無心に運転を続けて3時間、目的地に到着して、集中が途切れた。途端に少女達の声が耳に入り、立川は眉を寄せる。
 「ついたー! 立川さん、お疲れ様!」
 「あぁ」
 リンの労いに溜息混じりに返して、帰りもこの苦悩を味わうのかと、彼は1人天を仰ぐのだった。
 人間3人が内服系中和剤を飲み、一行はまず、朽ち果てた研究所へと向かう。老朽化した建物は、なんとか崩れないギリギリの均衡を保っているらしく、一箇所でも柱が折れたら、連鎖的に崩壊するのは目に見えて分かった。
 ミクとマリーが物珍しそうに見渡し、リンが質問に答えていくという、いつもとは逆の問答を横目に、科学者2人は奥へと歩を進めていく。
 ざっと物色して、アンドロイドのボディらしいものが見つからずに、美鈴が若干肩を落とす。それを見て、立川は言った。
 「以前来たときには、目ぼしいものはリンくらいなものだったが」
 「あぁ、アンドロイドは彼女だけだったみたいだな。だが、小型コンピュータにバックアップがあったんだよ。おかげでリンのメンテナンスの細かい部分を知ることができたし、恐らくここに、『LEN』の情報もあるだろう」
 言いながら、美鈴がスイッチに手を伸ばした。メインコンピュータに比べてずいぶん小さく質素なディスプレイが、光を発する。
 どのファイルにあるのかなど、わからない。全て自作らしく、検索システムも存在しなかった。クリプトン博士にだけ分かればよかったのだろう。リンに関する引継ぎのファイルだけ分かりやすい位置にあったのは、それだけ彼がリンを後世に生き残らせようとしたということだろう。
 「しかし……本当に存在するのか? リンの兄弟機など、1機だけでも化け物じみた性能だというのに」
 「人の妹分をそんな言い方するのは感心しないぞ、立川。ま、言いたいことはわかるがね。リンがカイトの心で体験したそうじゃないか。
 心の世界など、それだけでも信じられないというのに、彼女はそれを体験している。なら、『LEN』の存在も信じてやらないわけにはいかないだろう?」
 「む……。しかし、そのコンピュータに保存されているという確証はない。メインコンピュータは壊れているし、そこになければ諦めるのか?」
 「別の手を捜すさ」
 キーボードを操作しながら当然のように答えられ、どこから来ているかもわからない美鈴の執念に、立川は肩をすくめた。
 美鈴が開いていくファイルは、そのことごとくがリンの写真や動画で、それも表情のないアンドロイドのものだった。写真の枚数は三桁を超えているのではないだろうか。
 「これは……少し異常じゃないか?」
 「彼は娘さんを亡くしているんだ。その代わり……と言っては彼女に悪いが、リンを作った。なら、リンが可愛くて仕方ないのも無理はない。
 子供がいないから私には分からないが、愛娘というのは、そういうものなんだろうな。彼女のために人生を捧げたクリプトン博士なら、特にだろう」
 「そして、彼女のために兄弟機をも用意したというのか……。それだけの写真を撮る余裕がありながら、なんという化け物だ」
 「まったく、彼は神の化身だな」
 苦々しく吐いた立川の台詞に、美鈴はむしろ微笑んで返事をする。その表情に、美鈴がクリプトン博士に恩師のような情を持っていることを感じた。
 「あぁ、見つけた。これだ」
 美鈴の顔を眺めていた立川が、画面へと視線を移す。LENと呼ばれるはずだったアンドロイドの作成資料が、ディスプレイに表示されていた。
 かなりの量だ。リンのそれと同等で、並の科学者では何を書いているのか理解できないだろうと、なんとなく分かる程度の立川は思った。
 「分かるか?」
 「あぁ、たぶん。しかし、ふむ……。なるほど、味覚や嗅覚はそういう原理で、か。興味があるなら、説明するが?」
 「いらん。俺はお前の助手だ。お前が分かっていればいい」
 「そうかい。だが、難しいな……。原理は分かるが、プログラム1つ組み込めばいい代物でもない。有機物質そのものが違うから、カイト達に味を教えてやるのは至難の技だな」
 「有機物質に関与しているか。原料は集められないのか?」
 「あぁ、全て分かればいけるかもしれないが、なんにせよボディそのもののデータがない。
 ……参った、これではLENに体を与えてやることができないかもしれんな。彼がLENのボディを隠すとは思えないし、見つからない以上存在しないということだろう。かといって、私の作ったボディでLENが満足するかどうか」
 「体を与えてやって文句を言うとは思えんが」
 「他のアンドロイドなら、な。だがLENは、リンを知っている。彼女の中にいるのなら、リンと同じ能力を欲して当然だと思うがね。まして、精神年齢が14歳だというのなら、なおさら」
 苦笑を浮かべる美鈴。聞いた印象ではずいぶんと大人っぽいことを言っていると思ったが、なるほど、14歳という年齢ならば背伸びもしたくなる、ということか。
 1人納得し、頷く。その様子を見もせずに、美鈴はデータのバックアップを取っていく。
 「メインコンピュータが生きていれば、あるいはボディデータがあるかもしれないがね」
 「見た限りでは、絶対に動かないようには見えないが、お前が言うのなら壊れているんだろう」
 「あぁ、壊れてるさ。ボディに関してはお手上げ、それこそリンの体を徹底的に調べるしか……」
 「嫌がりそうだな、それは」
 美鈴なら笑うだろうと思った感想だ。しかし、彼女は立川の予想を裏切った。目の焦点が宙に向いている。定まっていないわけではないので、思考を巡らせているのだろう。
 そして、それはすぐに終わった。
 「……あぁ、私は馬鹿だ」
 「何を言っている?」
 突然の自虐の言葉に、立川は呆れて片眉を吊り上げる。だが、今度こそ美鈴は笑って、
 「いやぁ、馬鹿さ。大馬鹿者だ。リンの体を調べる? そんな必要があるわけないじゃないか。リンに教えてもらえばいいんだ」
 「……確かに、そうだが。しかし、あいつがそこまで自分の体に詳しいとは思えん」
 「違う、そうじゃない。あの子の中にある記憶デバイスにLENのデータがあったんだぞ? なら、他のバックアップデータがあったとしても、何もおかしくはない。
 あぁ、そんな簡単なことだったのか。全く、私は馬鹿だ」
 「なるほど、その手があったか。
 だが、その理屈でいくと……俺も馬鹿ということになる」
 「そうだな、そういうことだ。頭が固い代償だな」
 くつくつと笑って、美鈴は煙草に火をつけた。同時にしまったという顔をして携帯灰皿を取り出す。
 「いかん、ここは禁煙だった。リンに叱られる」
 まるで本当に叱られることを危機に感じているかのように急いで煙草を消す美鈴を、立川はやはり理解できないものを見る目で眺めていた。




 荒れ果てた荒野に、木製の十字架が突き刺さっている。汚染物質に晒されて、もうボロボロになっているが、なんとか形を保っているのは奇跡にも思えた。
 クリプトン博士の墓だ。リンとマリー、ミクの3人は、その墓前に立っていた。
 「何百年も、よく無事でしたわねー」
 「これ、博士が合成した木なの。燃えたりしない限り1000年は持つはずなんだけど、なんだかボロボロになっちゃってるねぇ」
 「1000年って、すごいね」
 驚きの声を上げるミクに、リンはぱっと笑顔を浮かべた。
 「博士はすごいよ。有機物質を作るために、この木を自分で作り出したんだから。今より技術がない時代にだもん、本当にすごい人だったよ」
 「まったく、リンはクリプトン博士の話になると本当に嬉しそうなんですもの、ちょっとジェラシーですわ」
 拗ねた様子で頬を膨らませるマリーに、リンとミクは笑い声をあげた。彼女が本気で怒っていないことなど、2人には分かっている。
 すぐに、マリーは話題を戻した。
 「それにしても、こんな場所でずっと1人で、寂しかったでしょうね。だって、当時のこの辺にあった町って、ナヨロ……でしたっけ。私調べたんですけれど、この場所、そこからも2時間近く離れていますのよ」
 「うん。博士はたまにそこに連れて行ってくれたよ。でも、いつもは私と2人だけだった。毎日ニコニコ笑ってたけど、本当は寂しかったのかな」
 「リンがいたから、そんなことなかったと思うよ」
 ミクが笑って言ってくれた。それに頷くと同時に、コアがドクンと、脈打つのが感じられる。声は聞こえない。彼の声は、眠る時にだけ聞こえてくる。今は、感情だけが伝わってきた。
 (レン……?)
 伝わってきたレンの意思は、酷く悲しげだった。クリプトン博士に会えなかった悲しみ、彼の寂しさを埋められなかった悔しさが詰まっていた。
 (大丈夫、ミクちゃんも言ってたでしょ? きっと、レンが私の中にいるから、寂しくなかったよ)
 胸に手をあてて、心で優しく語り掛けると、安堵の感情がリンを包んだ。片割れが安心してくれたことに、リンもほっとする。
 「レン?」
 ミクに顔を覗かれていることに気づいて、リンは頷いて笑った。同じアンドロイドだからなのか、それとも彼女の性格なのか、ミクは時々鋭いことがある。
 「うん、ちょっとね」
 それだけを言って、リンは墓の前で膝をついて、両の手を祈りの形に組む。後ろの2人も、同じようにしてくれたのが気配でわかった。
 父であるクリプトン博士に伝えたいことは、美鈴の研究所に住んで半年、たくさん増えた。それを全て報告するのは、時間が足りなさ過ぎる。それにそれは、夜眠る前に、布団の中でもできるのだ。毎日そうしてきたし、父はその思いを聞いてくれているだろうと信じている。
 だから、今はたった一言。その一言だけを、伝えたい。
 (博士、私は幸せです)
 家族ができた。友人ができた。暖かい家で、暖かい町で、たくさんの嬉しいことや楽しいこと、たくさんの怖いことや悲しいこと、それらを感じられる心があること。
 (幸せだよ、お父さん)
 彼が生きている間、呼べなかった呼び名。プログラムで設定すればいつでも呼ばせられたというのに、彼はそれを頑なに拒んでいたのだろう。今なら分かる。リンに、心から呼んでもらいたかったと思う。
 (これからも、ずっと。そして、レンもきっと)
 コアが優しく震えた。その暖かい感情に、リンは微笑んで胸に手を当てていた。
 「レン……」
 「レン……、レン、レン」
 背後からの、若干本気で嫉妬の混じった声に、リンは少し驚いて振り返った。もうマリーとミクは立ち上がっており、そのマリーが、腰に手を当てていた。眉が少し寄っているのは、気のせいではないらしい。
 「マリー?」
 「レン、レン、レン。昨日からそればっかりですわ、リン。今日のお誘いの電話でも、車の中でも、ずっと!」
 「あぅ、そうだった?」
 確認するためにミクへ視線を送ると、彼女はあからさまに困っている様子で、空笑いをした。事実なのだろう。知らない間に、飽きるほどレンの話を聞かせてしまったらしい。
 「まったく。まぁ私はリンと親友ですから、別に嫉妬はしませんけど。普段ぼーっとしてるリンが、まさか彼氏を作る日が来るとは思わなかったですわ。それも、こんなに早く」
 「彼氏?」
 意味が分からず、リンは首をかしげる。すると、マリーの表情が怒りに変わった。
 「恋人ってことですよ!」
 「え? え、ええええ!?」
 言葉とは裏腹に明らかな嫉妬をぶつけてくるマリーに、リンは慌てて両手を胸の前で振る。誤解されては敵わない。
 「違うよ、マリー! レンは、私の兄弟っていうか……なんていうかな」
 「でも、同い年なんですわよね? 精神年齢は。お似合いじゃありませんこと?」
 「あーん! だからね、レンは双子みたいなものなの。それよりもっと近いけど、どう言えばいいのかなぁ」
 「だ・か・ら! それを相思相愛って言うんですわ!
 兄弟だろうが双子だろうが、愛があれば関係ありませんものね。あぁ、羨ましいこと」
 「違うよぅ! もう、どうしてそうなるの!?」
 悲鳴のような声を上げるが、マリーは聞く耳をもたない。その様子を苦笑いで見守っていたミクだが、ここでようやく助け舟を出してくれた。
 「マリー、車の中でリンが言ってたじゃない。レンは鏡のようなものだって。鏡に映った自分の分身が恋人なんて、そんな話聞いたことないよ」
 「む、でもでも、相手は男の子なんですわよ? ありえない話じゃありませんわ」
 「じゃあマリーは、鏡に映った自分の姿が男のだったら、恋愛対象になる? 顔が同じなのに」
 「う……」
 唇を尖らせて沈黙するマリーから、リンへと藍色の瞳が向けられる。
 「リンも、嬉しいのは分かるけど、レンの話ばっかりじゃだめだよ。マリーはリンが大好きなんだから、やきもち焼いちゃう」
 「ごめん……。ごめんね、マリー」
 「わかれば、いいんですのよ」
 マリーは初めての親友だったが、まさか嫉妬されるとは思わなかった。短期間で深くなった友情だが、それゆえなのだろうか。今後は気をつけようと、リンは心に誓った。
 本当はマリーの幼さが原因だったりするのだが、それに気づいているのは、この場ではミクだけのようだ。そのミクは微笑んで頷くだけで、そのことを口にすることはなかった。
 「そろそろ戻ろう? 美鈴さん達が待ってるかも」
 少し気まずそうな2人の背中を押す。その姿はもはや、リンとマリーの姉そのものだ。
 ミクがリンの右手とマリーの左手を無理矢理くっつけると、2人はそっぽを向きながらも、ちゃんと手を繋ぐ。そして、すぐに笑顔を向き合わせた。
 ようやく問題解決、とミクが頷いていると、彼女にも手が差し伸ばされた。リンの左手だった。握り返して、並んで歩く。
 赤い荒野の昼下がり、ケンカもできる友達と並んで歩けることを、リンは心から幸せだと感じた。




 面倒な客がきた。グラスを磨きながら、将盆はこっそりと嘆息した。
 「うぃっ! この酒うめぇー!」
 「それはよかった。けれど、少し飲みすぎているようだね」
 「あぁ!? 俺ぁ酒つえぇんだぞ! 馬鹿にすんじゃねぇよ……」
 語尾が小さくなっていく、酔っ払い独特の話し方。今までこんな客がいなかったわけではないし、他に客もいないのだから構わないのだが、これが自分の姪の家にいる居候だと思うと、やはり将盆は溜息をつきたくなるのだった。
 本当ならば研究所で留守番をしているはずなのだが、あまりにもヤンが退屈な留守番は嫌だとうるさいので、立川と美鈴が将盆に押し付ける形になった。
 「もう1杯!」
 「だめだ」
 「あ? 俺は客だろうが!」
 「だめだ」
 「てめぇショボン! そのハの字眉毛むしり取られてぇか!」
 「ぶち殺すぞ」
 「すいませんでした」
 そんな馬鹿げたやりとりの中、将盆はよく冷えた水の入ったグラスを、カウンターにいる男、ヤンに渡してやった。
 「アルコールが入っている時に飲む冷水はとても甘露だ。騙されたと思って飲んでみるといい」
 「あいよっ!」
 必要のない、無駄にいい返事をして一気飲みをすると、ヤンは満足げに破顔した。
 「あー、確かにうめぇ! こりゃうめぇわ、もう1杯くれ!」
 「水ならいくらでも」
 笑いながら、氷の入った水差しを渡す。2リットルはあるはずだが、ガブガブと飲んでいるヤンを見ていると、そう長くはもたないかもしれない。
 苦笑気味に眺めていると、ヤンの隣で自分と似たような顔をしている青髪の青年が視界に入った。確か、カイトといった。美鈴の作り出したアンドロイドだ。心を持っているらしい。
 「カイト君だったね。君は飲まないのかい?」
 「いえ、僕は」
 「飲めないんだね、すまない。水もダメなのかな?」
 「お酒も一応は、飲めるんですが。水分として摂取してアルコールは浄化されてしまいますし、なにより飲みたいという感覚がない、というのかな」
 「あぁ、そういうことか。だけれど、そこに座って何もないというのも、味気ないね」
 そう言うと、将盆は色とりどりのビンが並べられた棚から迷わず2本選んで、カクテルを作り上げる。控えめな照明に照らされたグラスに入った液体は、自分の髪と同じようで、それより美しい青色をしていた。
 「そのブルームーンはサービスだから、眺めるなりして雰囲気を楽しんでほしい。バーボンハウスは何人をも拒まない。それが例えアンドロイドでも、頭にくるほど迷惑な酔っ払いでも、ね」
 気がつけばカウンターに突っ伏して寝息を立てているヤンをちらりと見、将盆とカイトは控えめに笑った。
 テーブルに置かれたグラスを揺らすと、ブルームーンがキラキラと、夜の海に浮かぶ月のように輝く。その光に目を奪われていると、将盆の声が聞こえてきた。
 「そのブルームーンには、『できない相談』という意味がある。本来なら女性がお付き合いを断る時にオーダーするものだが、今回はそういう意味じゃない。
 カイト君、心があるんだから、悩みもあるだろう。後悔、苦悩、それらは心あってのもの。そして、その反面には喜びや幸せがある。それも君は、知っているね」
 「……はい」
 悩み、それがどうしてか、将盆に知られている。誰にも話していないというのに。
 嫉妬と羨望から、リンを壊そうとしてしまった罪悪感、それを償うための手段が見つからず、また、誰にも話すことができずに、心が生まれてまだ一日程度しかたっていないというのに、カイトの心には早くも影が降りてしまっていた。
 それが悟られている事実に、青髪の青年は背筋を硬くする。もっとも、将盆は悩みそのものまで知っているわけではないのだが。
 「できない相談は抱え込んでしまうものだ。それはきっと、誰にも話さないと決めた苦悩なのだろうと思う。そして、君にとっては無視することも叶わない悩みだとも。
 きっとカイト君は、それにすら悩んでいるんだろうね。話せないこと、それは君が家族を信じていないのではないか、と」
 「……よく、お分かりで」
 カイトの笑みが、弱弱しくなった。一目見たときから、このアンドロイドが苦悩の中にいるのは見抜いていた。彼が心を持ったのは昨日のことだという。ならば、恐らく心を持つ前、将盆の言う魂の奥底に秘めていた苦しみだろう。
 「仕事柄さ。それに、人間なら……心を持つ者なら一度は陥る悩みさ」
 「そうなんですか? 僕は、てっきり……」
 「自分1人だけが信じていないのだと? それはまた、盛大な勘違いだ。心を得てまだ日が浅いということもあるだろうけれど。
 リンちゃんとマリーちゃんは素直だし、ミクちゃんもきっとそうだろうが、彼女たちもまた、言えないことの1つや2つあると思う。美鈴ちゃんは間違いないし、立川君、ヤン君も例外じゃない。そして、僕もね。
 悩みなさい、カイト君。苦悩は辛い。だが、心を磨く研磨剤になる。その闇を超えた時、心は成長し、美しく輝く。君やリンちゃん達の心は、まだ原石だ。アンドロイドだからじゃない、マリーちゃんもそうなんだからね。
 若いんだから、悩みなさい」
 磨いていたグラスを置いて、将盆は男らしさを感じさせる、強気な笑顔を浮かべた。
 「それを僕達男性人は、『男を磨く』と呼んでいる」
 「男を……磨く……」
 「男を、磨けぇ! カイトぉ!」
 聞いているのか、恐らくは聞いていながらの寝言なのだろうが、ヤンが右手を振り上げた。水の入ったグラスが倒れ、すかさず将盆が付近でこぼれた水を吸い取る。
 「ヤン君すらも知っていることだ。君が理解できないとは思わない」
 「いえ、僕はヤンさんより知識人だとは思っていません」
 「はは、謙遜はできるみたいだね。だが、その必要はない。なに、否定したくなるのなら、その謙遜は本物だ。美徳だよ、大切にしなさい。
 自分を持ち上げるようで申し訳ないが、君は僕と同じだ。多くの人の孤独や悩みを受け止め、それを綺麗に流すことに生きがいを感じる、そういう生き物だ」
 「僕は、そんな」
 「生き物であることを否定しているのなら、それは違う。心があり、こうして存在するなら、君は立派な命だ。
 僕と同じであることを否定する気なら、残念だけれどそれも間違いだ。あぁ、僕が絶対に正しいと言っているわけじゃないけれど。
 君が歌っている理由は、なんだい? 君が歌うことによって、人に与えたいと思うものは?」
 手に持つグラスを揺らして、青い液体を眺める。カイトは答えを知っていた。知っていたのに、心を手に入れる前からずっとあったかのように、当たり前に思い浮かぶその答えを言うことを、なぜか躊躇してしまった。
 少しの間のあと、カイトは俯いて、呟いた。
 「僕は、たくさんの人に……笑顔を与えたい。寂しさを、忘れてもらいたいから」
 「ほら、僕と同じだ。僕はバーボンハウスで、君は舞台で、同じ目的を持っている」
 「でもこれは、僕のプログラムで」
 「でもそれは、君の本心でもある」
 顔を上げて反論しかけたカイトを、将盆が一言で黙らせる。怒りはない。だが、なぜかカイトは、頑なにそれを認めようとしない。
 あぁ、若さだ。将盆は微笑ましくそう感じたが、浮かべる表情は真剣なまま、崩すことはなかった。
 「どうやらカイト君は、アンドロイドである自分が心を持っていることに、不満なご様子だ」
 「不満じゃ、ありません」
 「そうか、失礼」
 素直に謝ったので、カイトは拍子抜けしたようだった。ぽかんと口を開けたまま、次の言葉を言えずにいる。だからというわけでもないが、将盆は続ける。
 「不安、だね」
 「……」
 「それ以上は分からない。君の心を詮索するような真似をして、すまないと思っている。だけれど、僕の前でそんな顔をしてしまったのが運の尽きだと思ってほしい。
 そうさね、アンドロイドが心を持つ。まるで映画だ、とても現実的とはいえない。君達を否定するつもりはないが、あまりにも物語りじみている。
 僕は人間で、生まれた時から心がある。それが後から手に入るなど考えたこともないから、君の悩みに答えを出してやることはできない。……もっとも、相手が人間でも、悩みを消し去ることはできないんだけれど。
 そう、答えを出すのは君自身だ。リンちゃんもそうやって、美鈴ちゃんの家に住むことにしただろう。美鈴ちゃんもきっと、悩んだ末に君とミクちゃんに、そしてきっとメイコという子にも、心を与えるのだろう」
 「おっしゃりたいことが、見えません」
 動揺している。グラスを持つ手が、わずかに震えていた。やりすぎたかとも思ったが、今の彼には必要だと将盆は感じていた。きっと、悩みを見破られるのを恐れているのだろう。
 そんな心配はせずとも、本質的な悩みなど見抜けるわけもないのに。
 「つまり、さっき言ったことさ。悩みなさい。苦悩することは悪いことじゃあない。悩み、磨くといい。時には人の手を借りてもいい。そうしたくないのなら、それもまた美徳だ。
 だが、顔に出すのは感心しない。できるだけ自然に笑っていなさい。男は背中で泣く生き物だ」
 「顔に、出てましたか?」
 「それはもう、僕には手に取るように分かった。感情豊かなリンちゃんなら、きっと見抜くと思う」
 「そう、ですか。それは困った……」
 「今日は顔をほとんど合わせていないそうじゃないか。なら大丈夫だ、家に帰ったら、悩みを一度奥深くにしまって、家族を笑顔で迎えてやりなさい」
 「僕にできますか?」
 「できるとも」
 自信満々に頷く。それだけの確信があった。カイトが自分と同じ性格なら、誰にも言わないと決めた悩みを持ちながら、それを表に出さずにいられるのは間違いない。
 「……できるとも」
 もう一度、今度は優しく。すると、カイトは少し安心したかのような、何かを吹っ切ったような、見るだけで分かる好青年の顔を見せた。
 それを見て、将盆も微笑む。
 「ほら、できたじゃないか」
 「……参りました」
 悩みのせいではない、苦笑い。カイトの心がすんなりと収まったのだと核心するには、十分だった。
 「何も勝負をしていたわけじゃなかったんだけれどね」
 「いえ、勝手に意地になってたんです。でも、敵わないや。僕の悩みに触れずに、どうしたらいいかを教えてくれるなんて」
 「なに、年の功というやつだ。君も長く生きれば分かってくる」
 「それは、楽しみですね」
 言うと、カイトはグラスの中身を半分ほど、口に流し込んだ。目を丸くしていると、彼はしてやったり、と笑った。飲むとは思っていないだろう、それだけは、底の知れない将盆からも汲み取ったようだ。
 「まさか、飲むとはね。一本取られた、引き分けだ」
 将盆の言葉に口元を緩めて、カイトはグラスを揺らす。
 「あぁ、おいしい」
 「……味は分からないのではなかったかな?」
 「えぇ、味覚はありません。でも、おいしいに決まっているんですよ」
 左腕で頬杖をつき、右手に持ったグラスを視線より少し上に掲げる。ブルームーンはさらに光を反射し、輝きを増した。
 「こんなに綺麗なんですから。おいしいに決まってるじゃないですか」
 グラスに入った青い月を眺める青年の顔を見て、将盆は今日の役目を終えたことを悟った。
 形は整えたのだ。後は、彼が自分で磨くだけ。その結果、カイトはどう光るのか。家族となった他の皆と、どう輝いていくのか。
 生きる喜びが増え、まだまだバーボンハウスは閉められないと、将盆は破顔した。




 一番騒がしかったマリーが眠りに落ちた車内は、だいぶ静かになっていた。
 美鈴は前の席で、立川に話しかけている。運転しながら答える彼はやはりぶっきらぼうだが、レンのことで話をしているのはわかった。会話に参加しようとも思ったが、なにやら真剣な様子なので遠慮している形だ。
 ミクはマリーに肩を貸しているため、動けない様子。だが、彼女がアンドロイドだからなのか、それとも妹分の世話がよほど好きなのか、彼女は文句の1つも言わない。
 そんなわけで、リンは1人手持ち無沙汰だった。車窓から景色を眺めるのもいいのだが、往復にかなりの時間をかけてしまって、夜も遅い。通っているハイウェイから見える夜景は、ほぼ黒の一色だ。お世辞にも面白いとは言えなかった。
 ニコツーの外にいる間は、マリーはとても楽しそうだった。どうも彼女にとって初となる、都市外でのドライブだったらしい。遊びではないと諭す立川の言葉を右から左へ受け流し、一番年下の少女は年相応の笑顔で散々はしゃいでいた。
 都市と外界の境界にあるゲート付近は大きなパーキングエリアになっており、そこで食事を済ませて車内に戻ると、彼女はすぐに眠りに落ちた。その時見せた立川の安堵の表情といったら、美鈴が涙を浮かべて笑いを我慢するほどだったようだ。見逃したのは惜しかった、とリンは思う。
 長い一日だった。とても充実していたし、またみんなで、今度はヤンとカイトも一緒にドライブに行けたらいいなと、リンは漆黒の世界を眺めながら微笑む。
 そういえば、ひたすら真っ直ぐ進むだけの帰りの車内で、マリーが美鈴と立川に意地の悪い質問をしていた。2人は恋人ではないのか、とか、そういう気持ちが本当はあるのではないのか、とか。
 美鈴は苦笑いで、立川など眉1つ動かさず、
 「マリア嬢、さすがにそれはない」
 「ありえん、冗談でもありえん」
 完全否定だった。非常につまらなそうなマリーだったが、リンはやっぱりなと納得する部分のほうが大きかった。この2人は異性で恋人、というよりも、性別を超えた相棒、というほうが似合う気がするのだ。
 それはきっと、自分とレンにも言えることなのだろうなと、ぼんやり考えた。鏡のような、自分を分けたもう1つの存在。やはりそこにあるのは、恋愛感情ではない。
 (そもそも、恋愛感情がわかんないけど)
 異性に抱く特別な感情、らしい。初めてマリーに会った時は、友達はそれしか話さなくてつまらない、と言っていた。けれどもやっぱり、その手の会話が大好きなようだ。
 美鈴はどうなのだろうか。興味がなさそうだが、それがリンのこととなるとどうだろう。とても食いついてきそうだ。ミクは? 右に同じ。自分以外のことならニコニコしながら根掘り葉掘り聞いてくるだろうことは、簡単に予想できる。
 では自分はどうか? 他人がそんな気持ちを誰かに抱いていたとして、そこまで興味を持てるだろうか。答えはきっと、否であろう。リンには興味どころか、理解すらも及んでいない。
 (うぅぅん)
 リンの出会った男性陣を思い出す。クリプトン博士、立川、ヤン、マリーのお父さん、将盆、メンテナンスルームのお兄さん、アンドロイドでは、カイトとレン。
 特別な感情を抱いた存在といえば、父であるクリプトン博士と、レンくらいだろう。どちらも恋愛感情とやらとは違う気がする。
 カイトは家族だし、そういった気持ちが湧き出る気配は欠片もない。出会いやその後のことは、マリーが好きそうな波乱万丈ではあったけれど。
 (わかんないや)
 結局、その一言で片付けられてしまうことが、少し寂しかった。いつか分かるといいなと、また窓の外に目をやる。わずかな街頭が照らす道は、もう家が近いことを教えてくれた。
 「あぁ、もう2、3分だぞ。マリア嬢を起こしておいてくれ」
 「はい」
 ミクが優しくマリーの肩を叩く。寝ぼけた声を上げながら、白いリボン付き帽子をもそもそと被った。降りてからでもいいのにと、ミクが笑っている。
 駐車場に車が滑り込む。エンジンを切ると、さすがに疲れたのだろう、真っ先に降りた立川が、珍しく大きな伸びをした。
 「あぁ、すまんな。助かった」
 美鈴の礼に右手を上げて答え、皆が揃ってから研究所へ向かう。コーヒーでも飲みながらゆっくり話そうと、家主である美鈴が言った。
 その前にマリーを寝かせないとと考えながらドアを開ける。光が漏れているから、カイトとヤンがいるのだろう。
 研究所に入るなり、皆が一斉に目を丸くした。
 「やぁ、お帰りなさい」
 笑顔で迎えてくれたのは、カイトだった。その姿を見るなり、美鈴と立川は目を逸らす。2人とも小刻みに震えていた。リンとミクは口を手で覆い、リンは目に涙が溜まったのを自覚する。マリーに至っては、膝から崩れ落ちて必死に声を抑えていた。
 全員が全員、笑っていた。
 「え? 何か、おかしいかな」
 「カイ、カイト、それはどこで見つけた?」
 震える声で何とか言った美鈴は、カイトを指差すと同時に限界に達したのか、声を上げて笑った。触発されて、立川以外の全員が爆笑する。
 ばつの悪そうな顔をして、指差されたそれをカイトが摘んだ。彼が身につけているエプロンだ。ハート模様のそれは、彼の清楚な顔に似合っているような、まるで似合っていないような。
 笑いを呼び起こせるという意味では、誰よりも似合っているのかもしれない。
 「参ったな……。気に入っていたんだけれど」
 「ご、ごめんなさい。慣れれば、大丈夫ですからっ」
 必死に言うリンだが、とてもそんな風には見えない。苦笑しつつ、カイトがエプロンを外してくれた。ようやく落ち着いたと思ったところで、またも異変が起きる。誰もがまさかと思ったが、あの立川が、噴出していた。
 視線の先を見て、後から来た面子はまたも笑いの渦に飲まれる。アンドロイド用メンテナンスベッドに、ヤンが寝ていたのだ。それも、手を胸の上に組み、綺麗に足を揃え、穏やかな微笑を浮かべて。
 「ご、カイト! これは、これはどういう!」
 感情を表に出すまいと笑いを必死になって抑えている立川だが、もはや無理なようで、口元の形は今も均衡を崩しそうなほど緩んでいた。
 念のためにミクがヤンの額に手をやって熱を測っている。その傍らで様子を見ていたリンは、間近で安らかな寝顔で死んだように眠る大男を見て、四つん這いになって床を叩いて笑う。なぜここまで面白いのか分からないが、しばらく止まる気がしなかった。
 「将盆さんのところで、ヤンさんが飲みすぎちゃって。具合悪くなったみたいだから、将盆さんに送ってもらったんです」
 「あぁ、そういうことか。それにしても……なにもここでなくてもだな」
 「離れにある立川さん達の部屋も考えたんですけど、ヤンさんが限界だったので、ここでしか」
 「そう、そうか。ふう、分かった」
 「熱もないですし、もう起こしても大丈夫だと思いますよ」
 ミクが言い、カイトが頷いた。揺り起こされて、赤いジャケットの男は機嫌悪そうに目をこする。
 「んだよ……寝かせろよ」
 「おっほ!」
 挨拶をするつもりがおかしな声が出てしまい、リンは口を押さえた。ヤンの足元で膝立ちになり、笑いすぎて涙でくしゃくしゃになった顔だ。彼が顔をしかめるのも無理はない。
 「なんだ? リンもマリーも、何笑ってんだ」
 「なんでもありませんわ、本当に。だからこっち見ないでくださいまし」
 「あん? 失礼な奴だな」
 正直すぎるマリーに眉を寄せて、ヤンはリンに手を差し出してくれた。手を取って、立ち上がる。男の顔を見ると、やはりさっきの情景しか浮かんでこない。笑いが溢れる前にお礼を言わなければ。
 「ありがとうござひゃひゃ!」
 「うお!? 変な声出すんじゃねぇよ……。ったく、俺は離れに戻って寝るぜ」
 「あぁ、そうしてくれ。すまんな」
 ぎこちない苦笑の美鈴――彼女もまた我慢しているのだ――の横を通って、不機嫌そうに俯いている立川に声をかけると、ヤンは研究所を出ていった。
 ようやく安息が訪れた、と言わんばかりに、リンは溜息を吐く。見れば、皆も似たように一息ついていた。カイトだけが、理解できないといった様子だ。この青年はやはり、どこか少しずれているのだろう。
 「はー……。凄まじい破壊力でしたわね」
 深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻したマリーが、汚れてしまったワンピースを払いながらぼやいた。
 「あの立川さんすらノックアウトですものね」
 「それは言うな、後生だから」
 舌打ち交じりの返事に、マリーは舌を出して笑った。
 笑いの波が去り、疲れの戻ったマリーと彼女を寝かしつける役を買って出たミクが、美鈴とリンの寝室へと向かった。残された3人は、食卓でリンが淹れたコーヒーの香りを楽しんでいた。
 立川はブラック、美鈴は砂糖を少し、リンはミルクと砂糖がたっぷり入った、それぞれの好みがよく出ているコーヒーを飲みながら、女科学者が口を開く。
 「あぁ、リン。君に頼みがあるんだが」
 「なんですか?」
 「LENのことでな」
 レン。彼女と立川はまだシステムとしてしか見ていないために、その言葉には機械的な雰囲気が含まれている気がした。だからというわけでもないのだが、嫌な予感がする。
 予感は当たっているようで、美鈴が言いにくそうな顔をしていた。きっと、リンが嫌がりそうなことを言おうとしているのだろう。
 すぐさま、立川が間に入ってきた。
 「今日の収穫で、LENのシステム面は抑えた。だが、ボディが足らん。こっちで作ることも可能だが、それではお前と同じ能力が備わった素体ではなくなる」
 「つまり、味覚や嗅覚だな。LEN……レンが君の中にいるのなら、きっとそれらを欲しがるだろう?」
 「それは……そうだと思います」
 「しかし、ボディのデータが研究所では見つからなかった。恐らくメインコンピュータにはバックアップがあったんだろうが、壊れていたんだ」
 「そのデータが、お前の記憶デバイスにあるかどうか、教えてほしい」
 そういうことか。リンは溜息交じりに思った。美鈴がすまなそうに俯いている。アンドロイドとして接することはあったけれど、今2人が話していたのは、一個の機械としてリンを使うという内容だったのだ。
 正直面白くはない。だが、絶対に嫌ということでもない。
 「まぁー、できれば嫌ですけど。それでレンの体ができるんですよね?」
 「保障はできない……が、最大の努力はする」
 美鈴の目は嘘をついていない。だから、リンは目を閉じた。胸のうちに語りかける。
 (レン……。レンは、私と同じタイプのボディがいい?)
 迷いが感じられた。それでリンに迷惑をかけるのではないか、という。だが、リンの片割れとして同じタイプの素体を望む気持ちもまた、感じられた。
 しばらく後、レンが肯定の意思を送ってきた。リンも頷く。
 「お願いします。協力しますから、レンの体を作ってください」
 言うと、美鈴は心底安堵したようで長い溜息を吐いた。隣で立川が鼻を鳴らしているが、気にもならないようだ。
 「話は決まりだな。では俺は寝る」
 「あぁ、今日はありがとう、恩に着るよ。おやすみ」
 「おやすみなさい、立川さん」
 ドアの開く音が背中に聞こえ、美鈴はもう一度、溜息を吐いた。
 「……あぁ、リン。聞いてくれ、もう1つ、聞いてほしい」
 その様子がどこかおかしいことを感じ、リンは首を傾げる。
 「どうしたんですか? 具合悪い?」
 「いや、そうじゃないんだ。……あぁ、私は怖いんだな」
 「怖い……?」
 煙草に火をつける。その手が震えていることに、リンは気がついた。
 「あぁ、怖いんだ。クリプトン博士は神の域にいる。人に限りなく近い体を作り、心までも作り上げた。それは……家族が欲しかったという強い強い願望があったからだ。私にもあるが、そこまで貪欲にはなれないのかもしれない。
 心を作り、さらに体まで作る。改めて考えると本当に恐ろしい。生命の連なりに背いて命を作り上げる、そんなことが許されていいのか? 私は、神話の神々にでもなろうというつもりなのか?」
 「美鈴さん……」
 「なぁ、リン。私は君の目にどう映る? 神様気取りの愚者か?」
 「そんなんじゃありません。美鈴さんはクリプトン博士と同じくらいすごい人です。私を直してくれて、『KOKORO』もくれたじゃないですか。ミクちゃんやカイトさんにだって。博士は私を作ってくれたけど、『KOKORO』は……だめだったんです。それを美鈴さんが成功させたんです。
 これでもし、私が悪いことに使われていたら話は違うけど……。美鈴さん、私を妹だって、家族だって言ってくれたじゃないですか。すっごいがんばって直してくれたんでしょ?」
 灰皿に押し付けた煙草は、完全に消えずに細い煙が立ち昇っていた。弱気な美鈴なんて見たくなかったが、たまにはこんなこともあるのだろう。それだけで納得してやることが、今の彼女には必要だ。
 弱さのない人間など、いやしない。父であるクリプトン博士が言っていた。将盆もきっと、同じことを言うだろう。
 美鈴の手に、自分の小さな手を重ねた。
 「美鈴さんは、がんばってるんです。がんばってる人が、愚か者なわけないじゃないですか」
 「あぁ……ありがとう」
 長い息を吐いた後、美鈴はリンの手を握ってきた。優しく強く、握り返す。
 「私の知っている美鈴さんは、誰よりも家族のためにがんばっている人なんですよ」
 いつも甘えてばっかりいるのだから、今日は美鈴に甘えてもらおう。そう考えながら、リンは微笑んだ。
 「そんな美鈴さんが、私は大好きなんです」
 「ありがとう……」
 俯いて呟いた美鈴の長い髪を、リンはそっと撫でるのだった。




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