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ココロ~another future~

第1話 奇跡の少女

 ←プロローグ →第2話 私と同じ、私と違う
 薄暗く、埃っぽい部屋の中で、男達は望む物を探していた。
 崩れかけた研究施設。個人の所有だったのだろう、ベッドが2つと、研究所として必要な最小限の施設が並べられている。どれも、今の時代では見なくなったものばかりだ。
 遥か太古のもの、それこそ動くブラウン管のテレビ等が見つかれば、それなりの価値はあるかもしれないが、ここにある物はどれも中途半端で、彼らの「お宝」にはなりえなかった。
 「そのメインコンピューターは、起動するのか?」
 「動くだろうな。だが、現代のレベル水準より低い上に、希少価値があるほどの代物でもない。金にはならん」
 汚い白衣の男の言葉に、赤いジャケットの男がため息をつく。
 「やっぱだめか・・・。施設自体は古いから、結構レアなもんがあるかと思ったんだけど」
 失望感を隠しもせず、やれやれと男は煙草に火をつけた。その火の明かりが、とあるものを映し出す。それが視界に入ると同時に、彼は悲鳴を上げた。
 「うおぉぁ!」
 「なんだ」
 あくまで冷静に、白衣が振り返る。しりもちをついている男を一瞥し、その視線の先へと首を動かす。
 そこには、少女がいた。上半身が裸で、その胸には四角い穴が開いている。白衣がそれに歩み寄り、穴の中を覗き込んだ。
 「・・・旧式のアンドロイド?しかし、パーツがどれも使い物にならんな・・・」
 白衣の背後から、赤いジャケットの男が覗き込む。白衣がいじっているその少女を見て、下品な口笛を吹いた。
 「へぇ!可愛いじゃん」
 「変態め。だから30過ぎても独身なんだ」
 「お前に言われたくないね。で、売れそうなのか?」
 その機械人形から手を離し、白衣は肩をすくめた。ということは、答えはNOなのだろう。赤いジャケットが大げさに肩を落としてみせる。
 彼らは、ジャンクハンターと言われている人間だ。名前の通り、使わなくなった研究施設や金属採掘施設から、金になりそうなものを頂戴してくるのが、彼らの仕事である。
 これらは違法になりそうだが、この地上には、そうした施設がゴロゴロある。所有者のいなくなったそれらは、とある理由で、誰からも見放されている。
 都市と呼ばれる、エアフィルターで隔離された大規模な空間以外は、汚染物質が立ち込めているのだ。そのため、好き好んで外に出て行く輩は、彼らジャンクハンターくらいなものなのである。外で拾えるものも高が知れているので、誰も咎めようとしない。
 社会に縛られるのを嫌った者からただの物好きまで、ジャンクハンターは十人十色だ。彼ら二人も、ジャンクハンターになった理由はまるで違う。
 白衣は、研究に飽きて、外に興味を持ったから。
 赤いジャケットは前科持ちのため、社会復帰が難しかったから。
 そんな理由で、彼らは汚染物質の立ち込める世界に、内服系の中和剤を持って飛び出していくのだ。
 「そうがっかりするな。こういった古臭い人形を欲しがる奴を知っている」
 「大した金にならないんだろ?どうせ。ま、0よりはマシか」
 脇に少女を抱えた白衣が、赤い男の背中を押す。帰るというサインだろう。少女は、人として扱われていないことが明らかなほどに、乱暴に肩に担がれた。
 右手がふさがっているため、白衣の男は左手でポケットから錠剤を取り出す。中和剤だ。
 「そろそろ飲んでおけ。外はきついぞ」
 「分かってるさ。自殺はしないって、じいちゃんと約束してね」
 冗談なのか本気なのか、ともかくジャケットの胸ポケットから、同じ錠剤を取り、一息に飲み込んだ。効果時間は、場所によってまちまちだ。屋外となると、その効果時間は休息に失われていく。もって3時間がせいぜいだろう。
 研究所の錆びた扉は、入るときに壊したらしい。外に出ることは容易かった。空気を吸うのが嫌で、白衣の男は顔をしかめて車へと急いだ。
 今の時代には珍しい、小型の陸上自動車だ。タイヤで走るなどというのは、この時代ではあまりにも古いことだった。白衣の趣味だろう。
 後部座席に少女を放り込み、運転席へ。ジャケットの男は、助手席へと乗り込んだ。エンジンをふかし、その音に酔いしれる。
 「いい音だ。これだから陸上自動車はやめられない。このエンジン音が、俺を生き返らせる」
 「どうでもいいから帰ろうぜ」
 せっかくの楽しみを台無しにされ、白衣は不機嫌を露に、鼻を鳴らしてアクセルを踏み込んだ。勢いよく車が発進し、後部座席の少女の体が、座席の下に音を立てて落ちる。
 だが、二人ともそれを気にもしなかった。あくまで彼女は物であり、人ではないという認識なのだろう。
 「今日はダメだったな」
 ジャケットの男が、何度目となるのか、ため息と共にぼやいた。運転に集中している白衣からの返答はない。
 草のない、赤い土と石だらけの大地をタイヤで走ると、想像通りの振動が襲ってきた。二人は慣れたものだが、少女は揺れるたびにゴトゴトとあちこちにぶつかっている。
 「なぁ、あれ壊れるんじゃねぇか?」
 「初めからから壊れている。今更気にすることでもない」
 視線は真っ直ぐのまま、白衣が答える。後部座席を覗き込み、暇つぶしがてら、ジャケットが続けた。
 「アンドロイドか。なんであんなところにいたんだろうな?普通は都市から出ないもんだろ?」
 「輸送中に落ちたかしたんだろう。アンドロイドには、緊急用のセルフリペアプログラムがある。最寄の研究所で簡易修理をしようとしたが、施設が古すぎてそれも叶わずに朽ちた、といったところだろう。汚染物質に触れていたから、老朽化も激しかったのだろうよ」
 「はーん。年代はいつくらいのやつなんだ?」
 「さぁな。特定できんほど古いわけではないと思うが。それを確認する意味でも、例の人形好きのところに行くんだ」
 視線を戻し、ジャケットは懐から煙草を取り出した。すぐに白衣が横目でそれを制する。
 「禁煙車だ」
 「・・・はいはい」
 諦めて煙草をしまい、頭の後ろで手を組む。彼らの視線の先には、距離を考えると半端ではない高さのビル群が、遠くに見えていた。その周囲を、淡い水色の光がぼんやりと囲っている。
 他に見えるものと言えば、草木のなくなった赤い山と、晴天の空くらいなものだろう。どちらもすぐに飽きる代物だと、ジャケットの男は思った。
 「今日は酒を買う金もできそうにないな」
 「お前は本当にしつこいな」
 ぼやきを白衣に制止され、彼は酷く不機嫌そうに眉を寄せる。否応なしに話題を変換させられる。
 「あのアンドロイドは、何に使われるはずだったんだろうな。古いタイプっつーと、やっぱ重労働だと思うけど」
 「体格から考えるに、それはないだろうな。娯楽用の笑顔売りか、あるいは売春機か」
 「売春機って、そんな特殊な趣味の奴がいるのか?」
 「お前、さっき可愛いと言っていただろう」
 「そういう意味じゃねぇよ」
 揚げ足を取られた感じがして、ジャケットの男は再び眉を寄せる。
 アンドロイドの用途は実に様々で、単純な労働力として使われている物から、簡単な接客をプログラムされた、店の手伝い程度をこなす物。さらに、イベント会場などの娯楽施設で使われる、笑顔売りとよばれる擬似感情を持った物、名前の通り売春を目的とした売春機。その他にも数々の用途があり、その幅は現在も広がっている。
 最近では、歌を歌うことで、長らく廃れてしまっていたアイドルを目指す物も開発されたらしい。これが馬鹿売れであり、その開発者は莫大な富を手に入れ、さらなる研究に没頭しているそうだ。
 「そこがなぁ。金があるのに研究するなんて、俺には考えられねぇんだよな」
 「お前は娯楽第一主義者だからな。いや、あるいは奴も、己の欲を満たすために研究所に閉じこもっているのかもしれん。娯楽の違いなのかもな」
 「はーん」
 興味なさそうに、ジャケットの男が間の抜けた返事をした。
 「どうも、そいつとは縁がなさそうだな。たぶん会うことなんてないだろうけど、仲良くなれるとは思えないぜ」
 「ふむ。異論はないが・・・。会うことがないというのは、悪いが否定しよう」
 「なんで」
 訝しげにこちらを覗き込むジャケットの男に、白衣は視線を動かさずに、単刀直入に答えた。
 「これから行くところは、その開発者の所だ」




 世界に点在する都市のうち、この『ニコツー』は超巨大都市に分類される。巨大都市は基本的に首都となるが、ニコツーは例外的に違っていた。
 世界大戦後、残った国は4つ。南北アメリカ大陸を支配下に置く『WCH』、アジア大陸の東半分を勢力化とする『ラウンジ連邦』、同じく西半分を『ヨーツベ人民共和国』、そして、アフリカ大陸とオーストラリア大陸、アジア南部の劣等を所有する超大国『ドワンゴ』。それらが全て、それぞれ首都として巨大都市を所有しているのだが、世界大戦後、どこの所属にもならなかった日本列島は、全国から旅行者がある娯楽列島と化していた。
 ニコツーは、日本列島の最北部、北海道と呼ばれた場所にある。昔は寒さの厳しかった所だが、現在は異常気象により四季が存在しないため、過ごしやすい場所だ。
 それ故に、ここに研究所を構える科学者達も少なくない。娯楽帝国とすら呼ばれるニコツーで、相応のものを開発すれば、その場で国家予算クラスの報酬を手に入れられることも、証明されていた。
 今の時間は夜。ネオンに彩られた繁華街を抜け、ハイウェイで2時間ほど走る。次第に色とりどりの光は遠ざかり、最低限の明かりに照らされた道へと入っていった。
 暗い道沿いにある、個人研究施設に、車が止まった。
 車から降りた白衣が、そのシンプルな四角い建物を見上げる。二階建ての一軒家にも見えなくはないが、ここに住んでいるのは一人だけだ。
 助手席から降りたジャケットの男が、後部座席から少女を担ぎ上げる。
 「ここかー。何回か前通ったことあるけど、本当にその金持ち、ここに住んでるのか?」
 「科学者にとって、金は研究材料と同じだ。それ以上は望んでいないんだろうよ」
 相変わらず無愛想に言って、白衣は遠慮なく研究所の扉を開けた。
 中は思ったより広く、一階は柱以外に隔てる壁が無く、あちこちに機械が立ち並べられていた。扉の正面に位置する巨大モニターには、ジャケットの男が目をそむけるほど、プログラム言語が並べられている。
 そのモニターの前にある椅子、そこに座っていた人間が、立ち上がった。
 「チャイムぐらい鳴らしたらどうだ。無粋な奴だな」
 女の声だった。照らされた茶色い髪は長く、腰まで伸びている。白衣の男以上にだらしなく白衣を着ているその女は、ツカツカと靴を鳴らし、こちらに近づいてきた。白衣の男と目が合うと、あからさまに面倒くさそうな顔をする。
 「立川・・・。科学者を辞めたって聞いたんだが?まさか、雇ってくれとは言わないだろうな?」
 「娯楽用アンドロイドの作成など、頼まれてもやってやらん」
 つっけんどんに答える白衣、立川は、いつもの彼らしく、すぐに本題へと入っていく。
 「買ってほしいものがある。人形好きのお前にはもってこいの物だ」
 「ほう・・・」
 立川が目で合図すると、ジャケットの男が、抱えている少女を床に転がした。その様子を見て、女は一瞬だけ不機嫌そうな顔をする。
 すぐにしゃがみ、その少女を見て、顔を上げた。
 「お前達・・・通報されたいのか?上半身裸の女の子を車で運んできたなんて知れたら、シャレにならんだろう」
 「アンドロイドなら心配はいらん」
 「周囲がアンドロイドだと、知っていたならな」
 視線を戻し、少女を抱えて、アンドロイド整備用の台に乗せる。背中を向けたまま、女は言った。
 「少し調べさせてもらうぞ」
 「構わん」
 白衣のポケットに手を突っ込み、立川が答える。ちらりと、隣のジャケットの男へと目を向けた。妙にそわそわして、落ち着きがない。
 「ヤン。どうした」
 「い、いや、なんかさ・・・。俺のいるべき場所じゃないだろ、ここ」
 あちこちに視線を向けては俯き、もう一度チラチラと周囲を見回す。その様子をしばし観察し、立川は呆れたようにため息をついた。
 それでもオドオドしたまま、ヤンが質問を口にする。
 「あの女、名前なんていうんだっけ」
 「おい・・・。お前、ニコツーに住んでて知らないのか。やれやれ・・・。いいか、彼女の名前は『秋山美鈴』。今のニコツーで、彼女の右に出る科学者はいないと言われている天才だ。鬼才と言ってもいい。知っての通り、『VOCALOID』開発の一人者で、彼女の財産は、その気になればこのニコツーを買い取れるほどだそうだ。まさか、VOCALOIDを知らないとは言うまいな?」
 馬鹿にしたような目で見られ、ヤンは少しムッとした顔で、抵抗するように言った。
 「知らないわけないだろ?テレビじゃそればっかなんだしよ。あれだろ?笑顔売りより感情に似たプログラムを使った、歌うアイドルを目指して作られたアンドロイドだろ?」
 「その通りだ。その高性能の擬似感情プログラムと、人を引き寄せる歌声を作り上げたのが、彼女、秋山美鈴だ。忘れるなよ?ニコツーでこれを知らないと、恥以外の何者でもないぞ」
 やはり呆れたような視線をそのままに、立川は目線を美鈴へと送った。可憐な名前に似合わないほど無愛想な顔で、彼女は今も少女のコアを覗いている。その表情が、ぴくりと動いた。
 「・・・?これは・・・。なんだ、ふむ・・・」
 意味深な美鈴の態度に、痺れを切らした立川が、左眉を吊り上げた。
 「おい、いつまでやっている。そんな古いアンドロイド、大した価値にならんだろう。いらんのなら他に回すぞ」
 「立川。お前、これをどう見た?」
 質問に答えず、逆に質問で返してきたことに若干驚きながらも、立川は落ち着いてすぐに答える。
 「どうもこうも・・・。そんな古いアンドロイドに価値があるとは思えんな。有機パーツを取り替えれば、ボディは使えるかもしれんが、ブレインなど見る気にもならん。コアも曝け出されていたし、劣化も相当だ。せいぜいばらしてパーツを売るくらいしかならんだろう」
 「そうか・・・。お前にはそう見えるのか。いや、すまん。待たせたな。言い値で買おう」
 言い値。思わぬ言葉に、ヤンと立川は目を見開いた。ジャンクハンターに対して言い値というのは、半端ではない額を突きつけられても文句は言えないというのが一般常識だ。それだけ、他人に譲りたくないという証でもある。
 まして、こんなジャンク品に、そんな価値があるとは思えない。だが、美鈴の目は至って本気のようだ。
 「いいんだな?」
 ヤンが、にやりと笑う。対して美鈴は、紫煙を吐き出して、さも当然とばかりに頷くだけ。それを見て、ヤンの顔がさらににやける。
 指を3本、立てた。隣の立川が、額に手をやる。
 「300万?それは積みすぎだな」
 「タッチー、お前は交渉が下手だな」
 あだ名で呼ばれ、立川が眉を寄せる。無表情に見返してくる美鈴に、ヤンは言い放った。
 「3億だ」
 「いいぞ」
 「言い値って言い出したのはあんただ。嫌なら他に・・・」
 間に挟まれた言葉を反芻して、ヤンは目の前の女を注視する。
 「え?億だぞ?3億。ニコツーに豪邸一軒立ててプールもつけてお釣りがわんさか返ってくる値段だぞ?」
 これだけ人工の多い人気都市に大豪邸を建てるとなれば、そのくらいの値段はする。だが、同等の価値が、あの古ぼけた少女にあるとは思えない。
 そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、美鈴は小切手に値段とサインを入れ始めた。
 「3億か。まぁ必要な物は揃っているしな。しかし、お前達にこの大金、使いきれるのか?」
 「・・・秋山。お前、なぜそんな大金をあんなジャンクに払う?」
 ピリッ、と小切手を切り、こちらに差し出す美鈴に、立川が睨みつけるような視線を送った。何かやましいことがあるのかと疑っている、といったところだろう。
 美鈴は、震えて小切手を受け取れないヤンに眉を寄せ、とりあえず立川の質問に答えた。
 「お前はあれをジャンクと見るのか?」
 「当然だ」
 「・・・なら、お前は科学者を辞めて正解だったよ。いや、本当に」
 それだけ、彼女はあの少女型アンドロイドに何かを見たのだろう。一体何をと聞こうとしたが、立川はそれを止めることにした。
 「天才の考えることは、分からんな」
 「そうかい。ところで、こいつはいつになったら小切手を受け取ってくれるんだ?」
 ブルブル震えたまま、小切手を受け取ろうとしないヤンを横目に、立川は左手を額に、右手をひらひらと否定の意味で振った。
 「悪いが、30万にしてくれ。さっきあんたが言ったように、俺たちでは3億など、使いきれるはずもない」
 煙草を口に咥えたまま、美鈴はもう一度、怪訝そうに眉を寄せた。しかし、案外素直に小切手を戻し、30万を現金で用意する。それをアタッシュケースに入れ、今度は立川へと渡した。
 「アタッシュケースはサービスだ。使うなり質に流すなり、好きにしていい」
 「商談成立だな。返品は受け付けないが、いいんだな?」
 「返品など、誰がするものか。なに、いい結果が出たら、きっとお前の耳にも届くだろうさ」
 意味ありげに笑う美鈴に、ヤンと立川は目を合わせて肩をすくめ、研究所を後にした。その後姿を見送り、美鈴は台に横たわっている少女へと向き直る。
 「さて・・・。500年物のアンドロイド、か。これはもう、オーパーツみたいなものだな。動かすのは、苦労しそうだ」
 言葉とは裏腹に、彼女の顔は、どこまでも強気な笑みを浮かべていた。




 美鈴の手に少女が届けられて、一週間が過ぎた。彼女はようやく、コアのプログラムを起動することに成功していた。
 500年も前に作られたアンドロイドは、当然今のアンドロイドと構造が違う。回線から何から、まったくの別物だった。だから彼女はまず、内部を見て図面を書くことから始めていた。
 完成品を分解して、図面を書く。こんなことは、学生の頃にやって以来だ。だが、そうでもしないと修理すらままならないこのアンドロイドに、彼女は興奮を隠せずにいた。
 メインコンピューターに、少女のコアプログラムの接続端子を刺す。従来のものと形が違ったので、これも美鈴が一から作り上げたものだ。
 ディスプレイに表示される、『starting』の文字。それが消え、次々とプログラムが表示される。どうやらブレインとの接続回路が切れているらしく、少女自体の起動はしていない。今は、人型のパソコン、しかもとびっきり旧式のパソコンのようなものだ。
 手元にある小型ディスプレイに、メインと同じものが表示された。それを指でさわり、ファイルの中を確認していく。どこも故障だらけで、直すのは片手間にはできそうもない。
 「しばらくは、こっちに専念することになるかな」
 誰もいない研究室で、一人呟く。しかし、やはりというべきか、彼女の顔は喜々としている。
 ふと、古い専門用語が並ぶファイルの中に、一つだけ妙に詩的な名前のファイルがあることに気がついた。アンドロイドのプログラムにしては、あまりにも奇怪なそれを見て、彼女は眉を寄せる。
 「なんだ?『KOKORO』・・・?自意識プログラム、ではないな。それは他にある」
 とにかく、彼女はそのプログラムを展開した。暗転する画面。数秒の沈黙の後、彼女は驚愕に目を見開いた。
 真っ黒な画面を染めんとするばかりに、白い文字でプログラム言語がいっせいに表示されたのだ。その量は、彼女の作った高性能擬似感情プログラムを、遥かに超えている。
 その内容は、理解できない部分もあったが、彼女の読めないものではなかった。
 「これは・・・!500年前に作られた、擬似感情プログラム、だというのか・・・」
 吸い込まれるように、その言語を読んでいく。次第に、彼女の顔色はどんどん変わっていった。
 500年前。まだ緑が大地にあった頃。車が地面から離れることもなく、いくつもの国が領土を主張しあい、人々は平和に甘え、技術の進歩が衰えた時代。
 当時の最先端技術といえば、せいぜいが宇宙旅行を実現した程度だったはずだ。ロボットなど、簡単な仕事を手伝う補助装置でしかなかった時代だ。
 そんな時代に、このプログラムを作り上げた男がいた。有機部品をメインとしたアンドロイドを作り上げた。その完成度は、今のアンドロイドでも、遠く及ばないことに、美鈴は気づいてしまった。
 「馬鹿な・・・!これは、擬似感情プログラム・・・、いや、そんなものではない・・・」
 莫大な情報量、それこそが、このアンドロイドが停止した原因だろう。こんな情報量、今の最先端アンドロイドでも処理しきれない。だが、それが可能になれば。
 そう思った瞬間、美鈴は全身に鳥肌が立つのを感じた。このファイルの名前を思い出したのだ。
 「ココロ・・・!この開発者は、『心』を、作り出したというのか・・・!」
 今の擬似感情プログラムは、相手に都合のいいように表情を表現するように作られたプログラムだ。アンドロイドによって微妙に異なる個体差に影響して、そのプログラムも形を変え、個性を作り上げる。だが、それでも本物の心には程遠かった。
 あくまでプログラムされた表現であって、それは感情とは呼べないのだ。しかし、このプログラムは違った。
 「感情を、そのつど作り上げる・・・。可能なのか、そんなこと。人が、人の手で、心を作り出すなど・・・」
 口に出ようとした言葉を、美鈴は呑み込んだ。まだ、成功したのかどうかも確認していない。もしそれが成功していたなら、きっと彼女はその言葉を言えるだろう。
 ディスプレイから手を離し、一度コアのプログラムを停止させる。そして、少女の頭を解体、ブレインを取り出し、その回線を修理しはじめた。そこで、再び彼女は驚くことになる。
 「なんだ、この回線の量は!また図面からやれっていうのか、こいつは!」
 思わず怒鳴ったが、美鈴は次の瞬間、声を上げて笑っていた。
 普及しているアンドロイドの自立回路の何十倍という回路が、少女のブレインには搭載されていた。そのほとんどが焼ききれているとなれば、作業はさらに難航する。
 だが、やらずにはいられない。500年という月日を遡り、当時どころか現代でも存在しえない、その新たな『心』を、蘇らせたくて仕方がなくなった。
 「やってやるさ!鬼才と呼ばれた私が、500年前の化け物に及ぶかどうか、腕の見せ所じゃないか!」
 彼女はすぐに、作業に取り掛かった。まず回線の図面を取る。どの回路が何を表しているのかを、そのつどコアプログラムを起動して確認し、メモしていく。この作業で、3日は潰れそうだ。
 その作業の間で、彼女は何度も何度も驚きを体験した。彼女の知らない回路が、それが何を意味しているのか、知るたびに子供じみた声を上げていた。
 時間が流れていく中、彼女は夢中で、回路を調べ、メモし、修復していった。気づいたら日が昇っていたが、2、3度、食事がてら休憩を取った程度で、睡眠は1時間の仮眠を取る程度。美鈴はぶっ続けで作業を慣行する。
 まさか、自分がここまで虜になるとは思わなかった。起動させたいという気持ちも強いが、調べるたびに新たな発見がある少女から、彼女は目が離せなかった。
 やがて、外の日が赤くなる。気づいたら、4日後の夕方になっていた。
 ようやく全ての回路を修復し終えた彼女は、一度コアプログラムを起動させる。今まで真っ赤だった接続状態が、次々に緑へと変わっていく。だが、『KOKORO』と書かれたプログラムだけは、接続されていない。美鈴がまだ繋いでいないのだ。
 「これを繋いだことによって壊れたのなら・・・。容量を削るか、圧縮するか。だが、下手にいじればどうなるかわからんな。・・・ブレインの情報搭載量、増やしてみるか」
 再びブレインを分解し、慎重に、それに手を加えていく。
 少女の持つマイクロチップの搭載量は、他のアンドロイドなど目ではないほど多かった。だが、美鈴はもう、それくらいでは驚かない。むしろ、少なかったらどうしようかと思っていたほどだ。
 500年前の超天才。この壁を越えることが、彼女の最後の難関だった。心の情報量の多さなど、考えたこともない。そもそも、アンドロイドに心を持たせるなど、普通は想像に留まるはずだ。
 それを、あろうことかこの開発者は、体現してみせた。あと一歩及ばずというところで、力尽きたのだろう。ならば、自分がそれを完璧にするまでだ。
 「テスト段階だが・・・。どうせどっちも完成品ではない。博打といこうか、なぁ?」
 眠る少女に笑いかけ、彼女はその手に持つ、もう一つのマイクロチップを、少女に接続した。
 超大規模な情報を処理する大型コンピューターが、ニコツーには存在する。しかし、それを遥かに超える搭載量を持つマイクロチップの開発に、美鈴は着手していたのだ。
 完成とはいえない。まだ手を加える余地はある。だが、そんなことは少女も、彼女の『ココロ』も同じだ。
 500年の時を経て、少女のブレインに、新たなパーツが付け足された。
 他の追随を許すことのない搭載量を持つそのチップに、たった一つ、回線が繋がる。接続プログラムは、『KOKORO』。
 コアプログラムを起動、『KOKORO』の接続状態は、まだ赤い。手動で接続するように設定したのだ。
 まず、マイクロチップのウィンドウを表示する。まだ真っ白で、何にも染まっていない。美鈴は、緊張のあまり、息を落ち着けることが出来なかった。
 これが成功すれば、自分はとんでもない物を見ることになるかもしれない。人の手によって作り出された、完璧なる『KOKORO』。鳥肌が止まらない。
 震える手で、接続と書かれたアイコンに触れる。すぐに確認のメッセージが出た。後一歩、エンターキーを押すだけで、『KOKORO』プログラムがマイクロチップに移動する。
 「・・・」
 美鈴は、大きく息を吸い込み、止めた。思い切り、エンターを押す。
 瞬間、真っ白だったマイクロチップは、黒い文字でびっしりと埋め尽くされていった。ブレインが音を上げ始める。ショートすれば、それで終わってしまう。
 「うまくいけよ・・・」
 後は祈るしかない。文字は今も止まることなく、流れていっている。相変わらず頭が痛くなるほどの情報量だ。ひたすら黒い文字が這いずるように、刻まれていく。
 ブレインが振動する。後は、この負荷に耐えてくれるかどうか。
 やがて、それが当然であるかのように、『KOKORO』の接続状況が緑になった。他に、エラーメッセージは出ていない。
 「やったのか・・・?」
 ブレインを少女の中にしまい、コアの接続端子は繋いだまま、美鈴は自意識行動プログラムを起動させた。再び聞こえる、ブレインの起動音。
 その様子を、ただじっと見つめる。動くだろうか。動いたら、彼女はどんな起動言語を発するのだろう。
 やがて、少女の目が開かれた。美鈴に緊張が走る。少女は上半身を起こし、自分に接続されているコアケーブルを見て、こちらを見た。
 普通、アンドロイドであるなら、起動直後に発する言語がある。それは、単純な「起動に成功しました」というものから、朝の挨拶であるものまで、実に様々だ。
 当然少女も、同じことを言うのだろうと思っていた。だが、開かれた少女の口から発せられた、透き通った声は、美鈴に何度目かの衝撃を与えた。
 
「あなたは・・・誰?」

 機械であり、あくまで道具であるそれが、自分にそう聞くのはありえなかった。ここにいる以上、少女はまず、人間に起動言語である挨拶を述べるのが、当然のはずだ。
 美鈴はすぐに俯いて、頭を横に振った。目の前にあるのは、他のアンドロイドではない。
 「・・・まったく、本当に。概念に囚われてはいけないな」
 「ここは、どこですか?博士の研究所は・・・?」
 少女は、まだ各パーツが温まっていないのだろう、上半身以外を動かすことが出来ずに、自分の両手を見つめていた。
 「私は確か・・・『KOKORO』の情報量に耐え切れなくて・・・。『KOKORO』・・・」
 どこか震えているように見える少女に、成功した興奮をなんとか押さえ、努めて冷静に美鈴が言う。
 「安心しろ。今のお前にはどんな情報量にも耐えられるチップが埋め込まれている。心配だったがね、なんとか『KOKORO』を制御することもできた。・・・どうした?どこか調子が悪いのか?」
 下を向いている少女を覗き込み、そして、すぐに離れた。
 少女の目には、涙が浮かんでいた。その雫が、頬を何度も何度も伝っていた。その表情は、ロボットには出来ない表情である、虚ろで悲しげな、人間の感情のそれだった。
 ぽつり、と、美鈴は呟いていた。それは、今までずっとしまっていた、歓喜しながら言うはずだった言葉だった。
 「・・・奇跡、だ・・・」
 目の前の少女には、感情がある。心が、間違いなくある。今まで機械として触れていた、太いケーブルにつながれた少女が浮かべる表情は、心から生まれるものなのだ。
 人間にしか見えない、コアケーブルに接続され、涙を流すアンドロイド。それはとても美しく、グロテスクでもあった。
 「私は、なんで直ってしまったの・・・?ずっと、博士と眠っていたかった・・・」
 少女が顔を上げる。そして、こちらをキッと睨んだ。怒っているアンドロイド。それも、本気で。美鈴はその視線に、一歩後ずさりした。
 「なんで、私を直したんですか。私は300年以上昔のアンドロイドです。直しても、あなたにはメリットがあるとは思えません。一人寂しかった博士が、心のよりどころとして作った私は、これからも博士の傍にいるつもりだった。なぜ?なぜあなたは私を?」
 「あ・・・君は・・・」
 「私利私欲のために私を直したのならお勧めしません。私は見ての通り、肉体労働には向いていませんし、あなたの期待に応えられるとも思えません。今すぐ私を元の場所に戻し、破棄することをお勧めします。このボディも長くは・・・」
 自分の手足を見て、少女は顔をしかめた。やはり、美鈴にはそれが、人間にしか見えない。目の前で繰り広げられる、人であるアンドロイドとの会話。なぜか、心臓の鼓動が早くなる。
 「ボディが、新しく・・・?」
 「あ、あぁ。君のボディはひどく痛んでいた。コアに接続する部分はそのままだが、君の手足や細かいパーツは、オリジナルのパーツを元に私が作り変えた。・・・どうだ、不備はないか?」
 「・・・」
 少女はもう一度こちらを睨み、コアケーブルを引き抜いて、コアを収納した。そして、メンテナンス台を降り、美鈴の目の前に立った。
 「修理してくださったことは・・・感謝します。ですが、私は帰りたい。あの人のところに帰る。帰して、私を博士の所に、帰して」
 深呼吸をして、美鈴は気持ちを入れ替えた。この少女とは、人として接さなければ、うまくいきそうにない。なので、とりあえずその頭に手のひらを置いた。
 「分かった、君がいた場所に連れて行こう。だが、まずは服を着なくてはな」
 ハッとしたような顔で、少女は自分を見た。修理の段階で、着用していた衣服を全て引っぺがされていた少女は、真っ裸だったのだ。
 顔を真っ赤にして体を隠そうと試みる少女を見て、美鈴は盛大に笑った。同時に、やはり彼女は、果てしなく人間なのだと実感していた。




 立川やヤンの乗っていた自動車と違い、美鈴の乗るエアカーは快適だった。なにせ、地上に足をついていないのだから、振動など感じるはずもない。
 外の空気から隔離するために、散布形中和剤をフロントガラスの下から噴出している。そのため、オープンカーという形でも、エアフィルターの外を走行することができた。念のため、内服系の中和剤も飲んではいるが。
 隣にいる少女は、サイドミラーに映る自分の姿、服装を見て、あっちこっちをいじっている。可愛いなと、美鈴は思った。
 「意外です。あなたがこんな服持ってたなんて」
 「そうか?確かにまぁ、そうかもしれんな。もっとも、私が着るわけではないがね」
 吸っていた煙草を外に投げ捨て、ちらりと少女に目をやった。
 頭には真っ白い大きなリボン。黄色い髪にはよく似合っている。上半身は小さめのノースリーブのセーラー服で、髪の毛と同じ黄色いリボンをつけてやった。へそが見えてしまっているが、可愛いのでよし、という美鈴の言葉で全てが決まった。
 スカートにしようかとも思ったが、彼女に似合うと思い、下はホットパンツだ。黄色と黒の模様の入ったベルトをつけていて、やはり似合うなと思った。
 靴は、外の毒と化した地面に触れてもいいように、特殊なロングブーツを履かせている。地面に触れる部分は、白い硬質スキンで、くるぶしから膝までは、黒い合成繊維。意外にも、彼女はこのブーツを気に入っていた。
 両腕には、彼女が簡単にブレインにアクセスできるように、簡易コンピューターを取り付けた黒い袖をつけている。上着から離れているため、着脱は簡単だ。
 最初こそ冷たい態度だった少女だが、引っ張り出してやった服を思いのほか気に入ったらしく、リボンをいじったり腕のコンピューターで遊んだり、鏡を確認したりと、何かと忙しい。まるで、本当の女の子のようだ。
 (実際、そうなのだろうがね)
 心を持つロボットなど、昔映画で見たくらいだ。あの頃は、鼻で笑っていたが、まさか目の前にそれが現れるとは思わなかった。
 本当を言えば、自分も心を作り出すことを目標にしていたのだが、それも先を越されてしまったようだ。だが、悔しさは感じない。今隣にいる、明らかに人間の少女。彼女を見ているだけで、そんなことどうでもよくなってしまう。
 ふと、隣の少女が自分をじっと見ていることに気づいた。他のアンドロイドとはやはり違う、観察するような瞳。
 「なんだ?」
 「せっかく直したのに、簡単に帰してくれるとは思えなくて」
 「帰せと言ったのは君だろう」
 思わず苦笑が漏れる。少女はやはり、不審そうな顔をしている。なので、言ってやることにした。
 「ま、私は君を手放すつもりはない。君を作った開発者に興味があるのと、放っておくと一人で飛び出しそうだったからな、君は。だからこうして連れて行ってるんだ」
 大きなリボンを風に揺らしながら、少女は頬を膨らませた。
 「ちょっとでもいい人かと思った私が間違ってたみたいですね」
 「だろうな。女の科学者なんてのは、みんな卑屈だよ」
 ひたすら真っ直ぐ進むだけの道なので、こうして彼女が会話してくれるのは、助かった。暇をもてあそぶドライブなど、面白くもない。
 そういえば、まだ聞いていなかったことがあった。美鈴はちらりと横目で視線を送り、
 「私は秋山美鈴。君、名前は?」
 「メインシステムは、RIN。博士は、その文字から私をリンと呼んでいました」
 「リン、か。いい響きだな・・・。さわやかな風鈴の音を連想する」
 「フーリン?」
 リンが首を傾げる。心はあっても、世間知らずであることは、なんとなく感づいていた。なので、美鈴は笑って言った。
 「なんだ、風鈴を知らないのか?それは損をしているな。今度見せてやろう」
 「はぁ・・・」
 どう答えたらいいのやら、という顔を浮かべるリン。遠まわしに、手放さないと言われたようなものだからだろう。
 「さて、ここらだったはずだが」
 「林も川も、お花畑もなくなっちゃってる。そういえば、ずっとそうでした。なんで、草も生えてないの?」
 「ん、説明すると長くなるが・・・。馬鹿な人間が戦争を繰り返した結果だと、今はそれで理解してくれ」
 大気汚染が深刻なため、植物すらエアフィルターの外では生きていられないという現状だ。彼女はおそらく、大戦の戦火からも運良く逃れた研究所で、何百年と眠っていたのだろう。
 しばらく走ると、今にも崩れそうな研究所が見えた。リンが動揺を浮かべる。廃墟寸前となったその建物は、彼女の想像以上に酷い有様だったようだ。
 車を止めると、少女は一目散に建物へと入っていった。慌てることもなく、美鈴は中和剤を飲む。
 研究所の入り口には、消えかけた文字が書かれた看板があった。
 「CRY・・・クリプトン?」
 「博士の名前です。クリプトン博士」
 気づけば、研究所の中からリンが出てきていた。ずいぶんと落ち込んでいる。そこで、美鈴は思い出した。ここはすでに、ジャンクハンターが荒らした後だったのだ。思い出して、しまったと眉を寄せる。
 「すまないな、リン。酷いものを見せた」
 「なんとなく・・・だけど、そんな気してましたから」
 「私は中に入るが、どうする?外にいるか?」
 聞くと、リンはふるふると首を横に振った。先を行く美鈴の袖を小さく掴んで、後をついてくる。
 中に入って、なるほど、と美鈴は思った。確かに漁れる部分は片っ端から漁ってある。ヤンと立川だろう。それにしてもひどい有様だった。
 その光景を再び見て、今にも泣きそうなリンの頭を撫でてやりながら、美鈴はメインコンピューターと思われる場所の前に立った。
 「動かないか・・・。無理もないが」
 「・・・」
 床に落ちているキーボードを、リンが拾い上げる。眠りに落ちる瞬間まで抱いていたものだ。しばらくそっとしてやろうと、美鈴は彼女から離れ、サブコンピューターへと向かった。なぜか、小奇麗だった。
 (立川め、見落としてたな)
 そんなことを考えながら、ダメもとでスイッチを入れる。驚くことに、電源が入った。
 「電力は・・・。なるほど、何百年もかけて風力発電していたのか。これだけあれば、数ヶ月は電気代が浮くな」
 冗談めいたことを言いながら、美鈴はカーソルをマウスで動かしていく。歴史の本で読んだようなコンピューターだが、理屈は今のものとそう大差ない。
 ファイルの中に、リンに関わる重要なデータがいくつかあった。リンが腕につけているのと同タイプの小型コンピューターを起動させ、バックアップを取っていく。メンテナンスはこれでなんとかなりそうだ。
 リンの情報が入っていたファイルの中には、『memory』と書かれたファイルがあった。開くと、中にはたくさんの動画や写真が保存されていた。
 「それ・・・」
 振り返ると、リンがいた。キーボードを元の場所に戻し、今は美鈴の後ろから画面を注視している。
 「博士と・・・私・・・」
 「彼が、Dr.クリプトンか。この頃はまだ若かったようだな。屋外に緑があるのは、資料映像でしか見たことがなかったが・・・」
 「あ・・・」
 美鈴の話を聞いているのかいないのか、リンは一つのファイルを指差した。そこには、リンへのメッセージと書かれていた。
 彼女の要望は分かっていた。見たいのだろう。美鈴は迷わず、そのビデオクリップを再生した。
 映し出された、年老いたクリプトン博士。彼の口は、ゆっくりと、動き出した。




 リン。君は今、何度目の季節を迎えているのかな。

 私はもうそこにはいないだろうが、君が元気でやっていると嬉しい。

 君に作ってやった『KOKORO』プログラムは、君のブレインが耐えられないため、与えることができなかった。

 本当は、君の心と私の心で、話をしたかった。だが、それももう叶わないようだ・・・。

 リン。『KOKORO』プログラムは、今の君には危険だ。触れてはいけない。私の改心の作だが、君には毒だ。

 いいね。いつか時代が進み、技術が進歩した頃・・・100年もすればきっと、腕のいい科学者が現れる。

 そうすれば、君は『KOKORO』を手に入れられるはずだ。
 
 もし『KOKORO』を手に入れられたら、私の墓前に来ておくれ。心を手に入れたリンを、見てみたい。

 約束だ、いいね、リン。

 最後になったが、このビデオを見た科学者がいたら・・・。

 彼女をよろしく頼む。リンは、私の生み出した奇跡の愛娘だ。どうか、大切にしてやってほしい。

 それじゃ、リン、元気で。いつか君が、心を持つ人間になれることを願って。




 ビデオは、そこで消えた。美鈴はリンに振り返らなかった。そんなことをしなくても、後ろからは、リンの嗚咽が聞こえてくる。
 「何が100年ですか・・・!いつまでたっても、こなかったのに・・・!ずっと独りで、寂しかったのに」
 確かに、と美鈴は思った。500年経った今になってようやく、自分が苦労の末に彼女を修理したというのに、100年そこらで彼女を完璧にできるとは思えない。
 嗚咽を上げるリンへと、振り返る。
 「リン。腕を出してごらん」
 左腕で目を覆っているリンが、右腕をこちらに差し出した。その袖にあるコンピューターに、ケーブルを取り付ける。先ほどの『memory』のファイルを、彼女のコンピューターへとコピーした。
 ケーブルを外してやると、すぐにその腕もリンの顔に当てられた。しばらく泣き止みそうも無いなと感じ、美鈴は立ち上がって、煙草に火をつけた。
 「ここ、禁煙、です。昔っから、禁煙なんです」
 泣きじゃくりながら、リンが言う。困ったように笑い、美鈴は煙草を携帯灰皿へと押し込んだ。
 よくやるようにリンの頭に手を置いて、泣き止むのを待ってやる。
 しばしの時間が流れ、リンの嗚咽が消えた。美鈴はリンの顔を上げさせ、出来る限り優しく、長年していなかったことで苦労したが、微笑んだ。
 「さぁリン。Dr.クリプトンの墓に案内してくれ。彼の遺言だ、心を手に入れた君を、あわせてやらないといけない」
 「・・・はい」
 少女が歩き出す。足取りは重いが、進む方向ははっきりしていた。研究所を出て、その裏に回る。
 木で組んだ崩れかけた十字架が、おそらくクリプトン博士の墓だろう。何百年ぶりかの墓参り。リンはその前に膝を突いた。
 「博士・・・ただいま」
 返事はない。後ろでは、美鈴が煙草に火をつけている。
 「今日も、いい天気だねぇ・・・。空があんなに真っ青だよ、博士」
 「後ろのお姉さん、科学者でね、私を直してくれた人なんですよ。ひねくれた性格だけど、悪い人じゃないの」
 「私、博士の作った心に触れたよ。切なかったし、苦しかったけど、嬉しかったよ、博士」
 何度も何度も、朽ちかけた十字架にささやきかける。彼女の父であるクリプトン博士が、リンには見えているのだろうか。
 見えていなくても、きっと彼女は満足なのだろう。心を手に入れ、父の元に帰ってこれた、それが大きな幸せなのだろう。
 「ありがとう、博士・・・ありがとう・・・」
 「リン」
 声をかける。しばらく十字架に寄り添っていたが、彼女はそっと立ち上がり、振り返った。涙でぐしゃぐしゃな顔で笑うものだから、美鈴は呆れてハンカチを取り出し、彼女の顔を拭ってやる。
 美鈴も十字架の前に肩膝をつき、
 「あんたの作った奇跡、確かに私が受け継いだ。心配はいらない、ゆっくり休むといい」
 リンほど長い時間をかける意味もないので、すぐに立ち上がる。咥えていた煙草を指に挟み振り返ると、後ろに手を組んで、リンが上目遣いでこちらを見ている。なるほど、女の武器は映画か何かで記憶しているようだ。使いどころがまだまだだな、と美鈴は思ったが、声には出さないでおいた。
 「あの、美鈴博士」
 「美鈴で構わん。博士はつけなくていいさ。なんだ?」
 もじもじと、言おうか言うまいか迷っているといった態度を見せる。その奥に、宣言を撤回する気まずさを垣間見て、美鈴は吹き出しそうになった。そこらの子供と、これでは何も変わらない。
 何とか堪えて、続きを促す。
 「その、帰してなんて言いましたけど、クリプトン博士の言うこと、聞きたいし・・・ダメですか?」
 「ん?詳しく言ってくれなければ、分からないんだが」
 自分も意地が悪いなとは思う。だが、このくらいならいいだろう。散々冷たい言葉を吐かれたのだから、仕返しのつもりだった。
 観念したのか、リンは俯いて、申し訳なさそうに呟いた。
 「私を、その、美鈴さんの研究所に置いてください」
 「いいだろう。ただし、しっかり働いてもらうから、そのつもりでな」
 顔を上げて、リンが笑った。それは、まるで天使のような笑顔だった。見つめられたこちらが気恥ずかしくなるほどの、明るい満面の笑み。
 少女はもう一度、十字架の前に座った。今度は涙を見せずに、はっきりと、
 「博士、さようなら。私、行きます。博士の心と一緒に」
 朽ちた木の十字架に、軽くキスをする。彼女の重いが博士に届いたかどうかは分からない。が、リンは明るい笑顔のまま立ち上がり、振り返った。

 「行きましょう、美鈴さん!」




 かくして、奇跡のロボット『リン』は、新たな出会いと『ココロ』を手に入れた。
 彼女の運命は、新たな目覚めと共に、再び回り始める。加速する奇跡と共に。




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