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 ←第1話 奇跡の少女 →第3話 ココロが繋がるそのときに
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ココロ~another future~

第2話 私と同じ、私と違う

 ←第1話 奇跡の少女 →第3話 ココロが繋がるそのときに
 窓から西日が差し込む。照明はついているが、それによってかき消される夕日の色がもったいないなと、リンは感じていた。
 あの奇跡から2週間弱。彼女はようやく慣れてきた研究所暮らしで、最近彼女の親代わりとなった女科学者に、ブレインをいじられている。その女はといえば、今もディスプレイを不機嫌そうな顔で睨み、もういっぱいになっているというのに、灰皿に煙草を押し付けていた。
 天才科学者、秋山美鈴。性格はぶっきらぼうで、口調はまるで男のよう。自分の容姿に気を使うことはほとんど無く、適当な衣服の上に白衣をまとっている。
 そのくせ、リンのこととなると目の色を変え、ありとあらゆる服を着せようと試みる。どれも可愛らしいものばかりで、とても美鈴のチョイスとは思えない代物ばかりだった。
 お気に入りのホットパンツとノースリーブのセーラー服は、洗って干しては着るの繰り返しで、2日に1回は着ている。他の服はその合間に、という具合だ。頭につける大きな白いリボンだけは、毎日つけているが。
 彼女はどうもそれが気に入らないらしく、毎日違う服を着ろ、私の楽しみを奪うな、と執拗に迫ってくる。リンはそのたびに、何とか適当にごまかし続けてきた。最近ようやく諦めてくれたようだが。
 ともかく、リンの秋山美鈴への印象は、そんなところだ。無愛想でぶっきらぼう、それなのに可愛いものには目のない、おかしな天才。冷たいような気もするが、本当は優しい人であることも、リンは知っていた。
 良い人に拾われたな、と思う。相手が相手だったら、今頃リンは金儲けの道具に使われていただろう。それだけ、リンというアンドロイドは特殊なものなのだから。
 一度、自分は美鈴にとってどんなものなのか、聞いてみたことがある。答え次第では彼女の元から飛び出そうと考えていたが、返ってきたのは、「妹だな」という言葉だった。はしゃいで抱きついてしまうほど、嬉しかった。
 そう言ったくせに、美鈴は今、コアケーブルを繋いだメインコンピューターのディスプレイに向かって、科学者としての一面を惜しみなく醸し出している。
 「複雑すぎて、白紙の再現は無理だな、この『KOKORO』は。今のデータを複製したところで、それはリンの記憶と混ざっている。他のアンドロイドに複製した『KOKORO』を使ったら、リンのコピーが出来てしまうわけだな。まったく、Dr.クリプトンというのは、本当に化け物だ」
 独り言にしては長いな、と思った。自分に向けられているのだろうか。とりあえず、リンは答えることにする。
 「博士はすごい人でしたよ。当時では不可能だって言われてたこと、全部やってのけてました。有機パーツだってそうですし、無から有を作る、とかいう実験もしてました。発表は、何一つしなかったんですけどね」
 「無から有?・・・不可能を前提に実験してたのか?しかし、公表を避けていたのは正解だな。アンドロイドなんてものがあの時代に公表されれば、戦争の道具にしかならなかったろう」
 言いながらも、美鈴はキーボードを連打している。ブレインをいじられているからだろう、頭の左側にざわざわと違和感を覚えていた。気になるほどでもないので、あえて美鈴には言わないでいるが。
 「戦争って、そんなに酷かったんですか?草とか川が無くなっちゃうくらい?」
 「あぁ。私が生まれるよりずっと前だがね。当時の化学兵器、まぁ、放射能散布やら毒ガスやらが好き放題使われた、それは酷い戦争だったそうだ。地球はすぐに住めない星になり、人間は宇宙へ逃げた。戦争が終わり、残った4勢力はそれぞれが非戦争協定を結び、なんとか地球を浄化しようと試みた」
 「ダメだったんですか?」
 「マシになったほうさ、今はね」
 諦めたのか、美鈴はキーボードの手を止め、コアケーブルを抜き、ブレインに繋いでいたリンの頭のコードも外した。体を起こし服を着て、リンは視線で話の続きを促す。
 椅子に腰掛け、美鈴が思い出すように眉間に指を置いた。
 「浄化は成功した。だが、それだけでは追いつかなかった。全ての浄化を諦めた人類は、服用することで効果を発揮する中和剤を作成した。この間、エアフィルターの外で私が飲んでいた薬がそうだ。だが、あの中で普通に生活をするには、絶対量がたらなすぎる。そこで、一部の空間を隔離する手段を取ったわけだな」
 「それが、エアフィルター?」
 窓の外に目をやって、リンが聞く。とても薄いエメラルドの透明な膜で覆われている大都市の景色は、外と中を絶対的に隔離しているとは思えないほど、綺麗な光景だった。夕日がエアフィルターを通して、さらに幻想的な色合いを見せているのも、その理由だろう。
 「そう。建物としての隔離施設ではなく、都市を膜で囲うという、なんとも人間が好きそうな手法でね。あぁ、構成は聞かないでくれ。専門外な上に面倒だしな」
 美鈴も窓の外に目をやっている。彼女の横顔を見ると、目の下にくまが出来ていた。そういえば、ここ何日も彼女は夜中まで作業をしていた記憶がある。
 細かいことを聞いても理解はできないだろうが、リンは思い切って聞いてみた。
 「美鈴さん、夜遅くまで何をしているんですか?」
 すると美鈴は、煙草に火をつけて一息吸い込み、吐き出しながら答えてくれた。
 「なに、私も『ココロ』に挑戦しようかと思ってね。しかし、君ほど完璧にはいかなそうだ。目処さえ立てば、君の兄弟機を作ってやることもできるんだが・・・。他のアンドロイドでは、こうして会話もできないしな。リンも寂しいだろう?」
 気を使ってくれるのは、とても嬉しかった。美鈴はいつも、リンを思いやってくれる。人とアンドロイドの中間として、大切にしてくれていた。
だが、美鈴の提案に、リンは素直に頷けなかった。兄弟機と言われても、他のアンドロイドを見たことがない彼女には、ピンとこなかったのだ。
 返事に困っていると、どうやら美鈴は彼女の気持ちに気づいてくれたらしく、あぁ、と笑った、
 「そうか、自分以外のアンドロイドは見たことがないか。外見は君に負けないと思うがね。見たいか?」
 頷いた。自分以外のアンドロイドなど、作られてから壊れるまで、考えもつかなかったことだ。心を持つとはいえ、自分がアンドロイドであることは自覚しているし、同胞がいるのなら、ぜひ会いたいと思った。
 反面、不安もあった。仲良くなれるだろうか。心を持っている、皆と違うという理由で嫌われないだろうか。その気持ちを正直に話すと、美鈴はくわえていた煙草を落としかけるほどに、大口をあけて笑った。
 「それは杞憂だな。あいつらはまず、嫌いになることを知らない。仲良くなれるかどうかも、微妙な線だな。何せ連中の擬似感情プログラムは、高性能とはいえ紛い物だ。プログラム起動中にいい顔をされても、それは彼らの本音じゃない」
 本音があるかどうかも分からんが、と美鈴は付け加えた。純粋なロボットとして、人に笑顔を売る。それが彼女の作った、擬似感情プログラムを持つアンドロイドだとも言った。
 「もちろん、『KOKORO』プログラムの真似事が出来るようになれば、人並み・・・というのはおかしいか。まぁ他のアンドロイドよりは遥かに君に近い存在になると思う。完璧な心を持つ君に比べたら、稚拙なものかもしれないがね」
 「じゃあ、もし私の『KOKORO』プログラムに近いものが出来たら、私以外のアンドロイドにも、心ができるの?」
 目を輝かせて、リンが美鈴に迫る。煙草の火が当たらないように軽く押しのけ、美鈴は散らかったデスクから車のキーを発掘し、ポケットに放り込んだ。
 立ち上がって、彼女は研究所の外へと歩き出す。その後ろをぴったりとリンがついていく姿は、美鈴の言ったとおり、年の離れた姉妹に見えなくもない。
 「そうだな、心と呼べるものができるかどうかはわからん。だが、私の見た限り、君の『KOKORO』プログラムは、常に成長している。君の心の成長に合わせて、システムが凄まじい勢いで改変されているんだ。つまり、この成長の要因が分かれば」
 「『KOKORO』に近いプログラムも、成長できる?」
 「その通りだ。もっとも、成長どころか真似事すら出来ていない現状では、空論だけどな。ま、鬼才と呼ばれている以上、それに恥じない努力はするつもりだ。期待してくれていいぞ」
 胸の中心、コアのある部分に手を当てて、自分の鼓動を感じているリンに振り返り、美鈴は笑った。いつかの微笑とは違う、男っぽい強気な笑い。美鈴にはそちらのほうが似合うな、と、リンは思った。
 運転席のドアを開け、エンジンをかける。リンも助手席に乗り、律儀にシートベルトを締めた。この時代、着用は義務ではなくなっていたのだが、なぜか微笑ましく思い、美鈴も止めようとはしない。
 「そういえば、車に乗るの、博士の研究所行ったとき以来ですね」
 「あぁ、そういえばそうだな。そもそもあの日以外、外に出ていないんじゃないか?君は」
 言われてみればそうだった。もう2週間も経つのに、彼女は美鈴の研究所から一歩も出ていない。出たくないのではなく、単純に彼女の研究施設が飽きなかっただけなのだが。豊富な機材と書物は、リンの興味を引き付けるのに十分だったのだ。
 車が動き出す。三十分も走ると、車はハイウェイの合流地点へついていた。
 初めて見る超高層ビルが立ち並ぶ景色に、リンはすぐに目を奪われていった。声を上げることも無く、ただじっと、固まったかのように流れる景色を眺めている。
 かと思えば、疑問に思ったことをすぐ聞いてくる。答えてやると、「へぇー」だの「はぁー」だの、良くて「すごいですね」といった返事が返ってくる程度だ。次々に興味を奪われているのだろう。
 やがてハイウェイを降り、昼間からネオンで彩られた街中を進んだ。リンの質問がエスカレートしていき、そのたびに美鈴は答えていく。美鈴自身も楽しいのだから、やりとりは終わらなかった。
街の中央へ続く商店街で、信号が停止を表し、車が列を作って止まる。車窓から見える飲食店に、機械的な動きで作業をする影を見つけた。人の型でありながらメタリックな体のそれを見て、リンは答えにいきついた。
 「美鈴さん、あの人はアンドロイドですか?」
 「見てのまま、そうさ。最も、あれは単純作業用に作られたものだから、俗に言う娯楽用とは違って、ボディにスキンコーティングはしていないし、有機パーツも使っていないけどな」
 「へぇー」
 自分と同じアンドロイドでありながら、まるで違う代物であるそれを見つつ、リンは素直に感嘆の声を上げていた。彼女のほうがよほど高性能だというのに、あたかも新しく珍しいものを発見したような声に、美鈴は吹き出しそうになった。
 信号が青になる。窓から見えるそのアンドロイドの姿を目で追っていたリンは、見えなくなったと同時に姿勢を戻し、美鈴へと顔を向ける。興味を隠せないその表情は、やはり美鈴の知るアンドロイドではない。慣れたものではあるが、彼女の心は人間であると再確認させられた。
 「これから会うアンドロイドは、私と同じタイプなんですか?」
 「ふむ。タイプと言われれば、まるで別物ということになるが・・・。人と同じ外見で作られているという一点であれば、確かにリンと同じだな。もっとも君と比べたら、かなり無愛想な奴だがね」
 車を右折させながら、舞台上とはまるで別人のコミュニケーション能力しか持たないアンドロイドを思い出し、美鈴は苦笑した。あれと会わせたらリンはどんな顔をするのだろうと考えると、楽しみな気もしてきた。
 隣のリンは、今から興奮を隠せないといった様子で、そわそわしだしている。他のアンドロイドを助手席に乗せた時など、微動だにせずにいるだけだったのだから、美鈴にとっても新鮮な光景だ。
 出来ればもう少しこうして質問に答えてやりたかったのだが、気づけば、目的地であるセンタードームは目の前に迫っていた。楽しい時間は早く過ぎるという、遥か太古からのお約束は、どうやら本当らしい。
 スタッフ専用の入り口から地下の駐車場へと入り、美鈴専用の駐車場に車を止める。すぐにも飛び出しそうなリンを落ち着かせて、二人は車を降りた。
 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を堂々と開くと、上のネオン街とは対照的な、明かりと扉だけで構成された、地味な廊下が目の前に広がる。
 そんなものでも楽しいのか、リンは目を輝かせてキョロキョロとしていた。飽きないというのは羨ましいことだと思いながら、彼女の手を引いて中を進む。
 途中、すれ違ったスタッフと思われる人物が、例外なく美鈴に頭を下げている。それに対し、美鈴は簡単な返事をするだけだ。上下関係は、誰から見ても明らかだった。
 「美鈴さん、もしかしてここでは偉い人?」
 「偉い、か・・・。そうだな、偉い部類に入るかもしれないな。なにせ、彼らにおまんまを食わせているものの生みの親だしな」
 「そういえば、ここはなんなんですか?」
 今までそんなことも考えずについてきたのか、と呆れながらも、美鈴はやはり、律儀に答えた。
 「センタードームといってな。この娯楽都市の中心にある、もっとも客入りのいい施設さ。スポーツから演劇、これから見せるライなど、色々な催しがされる場所だ」
 「ライブ?コンサートのこと?誰が歌うんですか?」
 「ここに来る目的、忘れたわけじゃないだろうな?」
 今度は呆れた顔を隠せず、美鈴は笑った。一瞬首を傾げたが、リンはすぐに大声で答えた。
 「アンドロイド!アンドロイドが歌うんですか!?」
 「そうだ。ちなみに、リン。ここはスタッフの仕事場だからな。大きな声は慎むように」
 ハッとして、リンが辺りを見回す。すぐに周囲のスタッフからの白い目線に気づき、彼女は赤くなって俯いた。
 その髪をガシガシと撫でてやり、再びリンの手を取って、先に進む。
 すれ違う人の礼に、リンはいちいち礼儀よくお辞儀している。Dr.クリプトンはどうやら、しつけに対しては厳しかったようだ。開発したのが自分じゃなくて良かったかもしれないと、顔をしかめた。
 廊下の突き当たり、大型のエレベーターに到着し、その扉が開かれる。中もかなり広いが、乗ったのは美鈴とリンの2人だけだ。
 ようやく一息ついたと言わんばかりにため息をつくリンに、美鈴は何度目かの苦笑いをする。
 「まったく、いちいち礼を返さなくてもよかったんだぞ?疲れたろう」
 「だって、みんなお辞儀してましたよ?返さないと失礼ですよ」
 逆に説教されてしまった。リンは両眉を吊り上げ頬を膨らませ、怒ったように言う。繋いだ手は離していないが。
 「そんなことだと、いつか痛いしっぺ返しがきますよ?人と人との繋がりは、礼に始まり礼に終わるんですから」
 「ほう、ありがたいお言葉だ。それは誰の受け売りかな?」
 「え、そりゃ、クリプトン博士ですけど・・・」
 素直に答えるのだから、可愛くてしょうがない。リンと会ってからというもの、美鈴は笑うことが増えたのを自覚していた。
 エレベーターが目的の階に到着した。開かれた扉の先を見て、リンが感激の声を上げる。
 「わぁ!綺麗!」
 彼女は美鈴の手を離し、エレベーターを降りていった。
 ついた場所は、センタードームのVIP席。本来ならば高額なチケットを買わなければならない特等席だが、美鈴は顔パスで来れてしまう。幸運なことにその相伴にあずかる形で、リンは始めてのドームをVIP席で過ごすことが出来るようだ。
 ドーム内に設置された、派手なライトで彩られた舞台は決して近くはない。が、ドーム全体を一望できる席と、専用のモニターにより、コンサートやスポーツ観戦では最高のポジションと言えるだろう。
 席数は全部で5つ。今日は運がいいのか、他には誰もいないようだ。真ん中の席を陣取っているリンを横目に、美鈴はドリンクを2つ、適当にオーダーする。
 (あぁ、しまったな・・・。リンはいらないかもしれん)
 思ったときにはすでに遅く、彼女の前にはすでにオレンジの液体が入ったコップが置かれていた。タダだからいいものの、リンはどんな顔をするだろうか。
 頼んだものは仕方がないと、観念して両手にそれを持ち、リンの隣に座る。すぐに美鈴の手にあるものに気づいて、
 「それは?」
 と聞いてくる。申し訳なさそうに、美鈴が答えた。
 「あぁ、適当にオレンジジュースを頼んだんだが・・・。君がアンドロイドだと忘れていた。飲めるか?摂取するだけでも出来るならいいんだが」
 「いえ、オレンジジュース、好きですよ」
 そうか、よかった、と笑ってそれを手渡し、すぐに驚いた顔でリンへと向き直る。今彼女は、確かにオレンジジュースが好きだと言った。つまり、意味することは簡単だ。
 「君、まさか、味が分かるのか?」
 「え?うん。オレンジジュースは好きですよ?」
 的外れな返答だが、美鈴は驚きを隠せずにはいられなかった。味覚など、動物の舌から神経を通して脳に伝わる、いわば、生物でなければ感じ得ないもののはずだ。ありえない、と美鈴は思った。
 言われたリンは、こちらを不思議そうな顔で見たまま、ストローに口をつけている。
 「味覚まで備わっているとは・・・。どの回路だ?あらかた調べたはずだが、Dr.クリプトンは一体、どこまで私を驚かせるつもりなんだ」
 クリプトン博士が褒められたと感じたのか、リンは満足そうに笑顔を作る。このあどけない顔の内側に、あとどれほどの奇跡が詰め込まれているのか。想像するだけで、美鈴は鳥肌が立った。
 だが、彼女の驚きは轟音と共にかき消された。ドームの舞台から立ち上った花火の柱が、その原因だ。リンも目をまん丸にして、ステージへ注目した。
 聞こえてきたのは、ハードロックを思わせる伴奏と、女の歌声。力強さを感じさせるその声を聞いて、美鈴は満足げに頷いた。
 「調子はいいようだな」
 汗の浮いているカップを両手に持ち、リンは声をなくして、その舞台を見守った。
 「アンドロイド・・・。私と同じ、アンドロイド・・・」
 その瞳に宿っていた感動は、とても一言で言い尽くせそうにないだろうなと、ステージを注視するリンを横目に、美鈴は微笑んだ。




 VIP席の下のほうで繰り広げられる熱狂は、ライブが終わってもしばらく続いていた。
 見慣れた光景をただ見ているだけの美鈴と、驚きやら感動やらがごちゃ混ぜになり、声も出なかったリンがいたVIP席は、その熱狂とは無縁だった。
 人々が席を立って去っていくドームを見下ろして、リンが大きな息を吐く。
 「すごいですね、びっくりしました」
 「喜んでもらえてよかった。さて、これから私はあいつの所に行くが、来るだろう?」
 舞台を親指でさし、美鈴が聞く。何度も頷いて、リンはエレベーターへと駆けていった。初めて会う自分以外のアンドロイド。考えるだけで、リンの心臓であるコアは高鳴るばかりだ。
 エレベーターが来る前に美鈴が追いつき、2人一緒に乗り込む。美鈴は、ここへ来るときにいた地下2階のボタンを押す。重苦しい音と共にエレベーターの扉がしまり、特有の浮遊感が2人を包んだ。
 下っているエレベーターの中は無言だったが、あからさまにワクワクしているらしいリンのおかげで、居心地は悪くなかった。到着を告げる音の後、扉が開き、リンは飛び出すように降りていく。
 だが、すぐに立ち止まった。振り返り、美鈴に急かすような視線を送る。どこに行けばいいのか分からないのだろう。
 笑って、美鈴がリンの手を取った。
 「そう焦るな。すぐに行っても、たぶん調整中ですぐには起動しないだろうしな」
 「いいの、早く会いたいの」
 頬を紅潮させて、空いている手を振り回す。もはや敵わないと判断し、美鈴はその手を引いて、
 「わかったわかった。連れて行くから落ち着け」
 と、眉をハの字にして笑い、歩き出す。姉妹にしか見えないその2人の姿を見て、スタッフが怪訝そうな顔をしているが、リンも美鈴も、ちっとも気にならなかった。
 目的の部屋には、すぐ到着した。扉に『VOCALOID整備室』と書かれている。扉の横の指紋認証に美鈴が触れると、重そうな扉は、むしろ軽い音を立てて開いた。
 美鈴が先に入ると、整備士と思われる男が、驚いて一礼した。
 「秋山博士、ご訪問なさるのでしたら、あらかじめ仰ってくだされば」
 「いや、余計な気遣いはいらないよ。それで、どうだ?彼女の調子は」
 そこからは、リンが入れる話題ではなかった。専門用語が次々に飛び出し、美鈴がそれに答えていくというやり取りをしばらく見ていたが、飽きは以外に早く訪れ、彼女の興味は別の物へと移っていく。
 部屋の中央に置かれた、2つの大きなカプセル。その1つを覗き込んで、リンが叫ぶ。
 「美鈴さん美鈴さん!」
 「あ、こら!」
 答えたのは、整備士のほうだった。リンをカプセルから引き剥がし、鬼のような形相で叱り付ける。
 「だめだろ、これは精密機械なんだ。ちょっとでも数値が変わったらどうするんだ!擬似感情プログラムに欠陥でも出してみろ、どれほどの損害が出るか分からないんだぞ!」
 「ご、ごめんなさい・・・」
 素直に頭を下げる。男はそれでも気がすまないのか、畳み掛けるように言った。
 「いいか、この『MEIKO』はな、秋山博士の開発した、超高性能かつ安定性の高い至高のアンドロイドなんだ!君みたいな子供が触れて、壊れたりしたら大変なことになるんだぞ!ただでさえニコツーの名物にまでなっているというのに、傷ついたらどうするんだ、まったく!」
 「あぁ、すまない。私の連れなんだ。許してやってくれ」
 いつの間にか煙草を咥えていた美鈴が言うと、整備士は意外と簡単に引き下がってくれた。その視線は、やはりリンに注がれているが。
 美鈴が味方をしたのをいいことに、リンは再び頬を上気させ、カプセルを見る。怒られるのが嫌なので、必要以上には近づかない。
 「あの中の人が、私と同じアンドロイドですよね?さっきステージで歌ってた」
 「そうだ。彼女は『MEIKO』と言ってな。私が作った最初のVOCALOIDだよ」
 答える美鈴だが、ふと自分に向けられるもう1つの視線に気がついた。整備士が、怪訝な顔でこちらをうかがっていたのだ。
 彼の疑問は、美鈴が疑問に思って当然だと思うものだった。
 「『私と同じアンドロイド』・・・?」
 「ん?あぁ、紹介が遅れたな。この子はリン。・・・私の新作だ」
 あえて説明を避けたのか、自分の作った物だと美鈴は言った。自分の父を敬愛しているリンからすれば、それは当然面白くない。視線で訴えたが、無視されてしまった。
 「アンドロイドですか?この子が?だってまるで、人間」
 「そんなことより、仕事にかかってくれ。今日はMEIKOを引き取って、調整しなければならないんだ」
 「し、失礼しました。早急に終わらせます」
 言うや否や、男はリンを押しのけ、カプセルに備え付けられたキーをカタカタと押し始めた。少し離れた場所でそれを見守っている美鈴に、不服そうな顔でリンは近づいた。
 すぐにそれに気づいたのか、あぁ、と、いつもの相槌から、美鈴が小声で説明を始める。
 「いいか?君が500年前に作られた、今の技術より遥かに高いレベルのアンドロイドだと知れてみろ。すぐに研究所送りだぞ?私の権限で止められると思うが、できるだけ内密にしておきたいんだ。厄介ごとは避けたほうがいいだろうに」
 「それは分かりますけど。だからって美鈴さんが作ったなんて、言わなくてもいいじゃないですか。素直に『Dr.クリプトンという天才が開発に成功したのさ』って言えばすむことでしょ?」
 美鈴の口真似をして、リンが唇を尖らせる。似ていないなと思ったが、そこは無視して、美鈴は紫煙を吐き出した。
 「あのな、自分で言うのもなんだが、今この時代に、私以上の腕を持つ人間はいないんだ。それに、全ての科学者は、全世界共通の組織に名前を登録している。君の生まれた時代にあったかは知らんが、登録されているにしろいないにしろ、Dr.クリプトンの名前を出すのはまずい。だったら、私が作ったことにしたほうが話が早いんだ」
 分かってくれ、と頭を撫でられ、リンはしぶしぶ頷いた。同時に、カプセルの方から男の声が上がる。
 「ふぅ。終わりましたよ」
 「ずいぶん早いな」
 言うと、整備士は得意げな目をして、カプセルを開けた。リンのコアが、大きく脈打つ。
 3人の視線が注がれる中、カプセルは開放された。中から、ショートカットの茶髪と赤い露出の高い服を着た女が現れる。
 しばらく無言で立っていたそれは、美鈴と整備士の顔を見ると、誰が聞いてもそうだと思うほどに、義務的な声を発した。
 「自意識システムの起動を確認。システム、オールグリーン。有機パーツ、各部連結ギア、全て異常ありません。正常な起動をお知らせします」
 「おはよう、メイコ。気分はどうだ?」
 人の名前を呼ぶニュアンスで、美鈴がそのアンドロイドに声をかける。首が機械的に動いて、メイコの真っ直ぐな視線が、彼女へと向けられた。
 「ルックス、99.8%。洗浄の必要はありません」
 「な?無愛想だと思わないか?」
 呆けて見ていたリンに、美鈴が笑って言う。確かに目の前のアンドロイドは、表情も無く淡々としており、とても愛想がいいようには見えない。だが、それ以前に、接している気になれなかった。
 ステージの上ではあんなにハツラツと、パワーのある歌を披露していたというのに、今目の前にいる彼女はまるで別人だ。口には出さなかったが、リンは人にすら見えないと思ってしまった。
 だが、整備士も美鈴も、それを当然であるかのように受け止め、彼女を迎えている。これが普通の光景なんだと思うと、リンの心に落胆が生まれてしまった。
 「まぁ、私が特別なんですよね、きっと」
 「そういうことだ」
 短く答えられ、リンはいっそう肩を落としてしまう。
 心待ちにしていた、アンドロイドとの対面。それが、見るだけで会話も何も不可能だとわかってしまっては、彼女の落ち込みようも無理はない。
 大げさにため息をついたリンに失笑し、美鈴がその手を引いた。
 「さて、メイコも引き取ったことだ。帰ろうか、リン」
 「あい」
 発音も適当な短い返事だったが、美鈴は頷いて、リンとメイコ、2つのアンドロイドを率いて、整備室を去った。残された整備士だけが、リンのアンドロイドらしくなさに、首をかしげていた。
 来たときとは逆に進みながら、まるで気持ちも逆に進んでいるな、とリンは思った。駐車場について、車に乗り込んでも、彼女の気は一向に晴れそうにない。シートベルトだけは、しっかりと締めているが。
 後部座席に乗ったメイコは、やはり無感情かつ無口で、ただ乗っているマネキンのようだった。振り返って声をかけようとしたが、目すら合わなかったので、諦めた。
 「擬似感情プログラム、でしたっけ?・・・ごめんなさい、ちっとも感情らしさが伝わらないです」
 素直な感想を述べると、咥えていた煙草を灰皿に入れて、美鈴はくつくつと笑った。
 「無理もないさ。擬似感情プログラムは、今の段階ではあくまで歌にのみ適用されている。これでもかなり良いできなんだぞ?昔なんか、アンドロイドに歌わせようものなら、それこそメロディーのあるお経だった」
 なるほど、どおりでステージと今ではギャップが大きいはずだ。バックミラー越しに背後をうかがえば、やはり表情無く発進を待つメイコが映る。思わず目を逸らしてしまった。
 いつか、彼女とも笑って話が出来る日がくるのだろうか。そんなことを考えたが、途方もない夢物語のように感じ、リンは泣きたくなった。
 「そう悲観するな。さっきも言っただろ?『KOKORO』に近い、君に近いものを作ってやる。なに、気合いを入れてやれば、そんなに時間はかからんさ。きっとね」
 「期待してます」
 「それは期待していない口調だね」
 図星を指され、居心地の悪そうな顔をする。今度は声を出して笑い、美鈴は車を発進させた。
 コンサートの後だからか、道路は酷く渋滞していた。それを知るやいなや、美鈴はすぐに煙草の火をつける。喫煙者にとって、間を埋めるのにこれほどいいものをはない、と彼女は思っていた。
 一方、行きはあれほど目を輝かせていたのに、リンは何度も何度もため息をついていた。聞いている方が気の毒になるほどだが、リンにそれを考える余裕などなさそうだ。
 「あぁ、リン。その、すまなかったな。ここまで落ち込むとは思わなくてな」
 頬をかいて、美鈴が笑う。許しを請うような笑みに、リンも何とか笑顔を作って答えた。
 「いいえ、気にしないでください。会えただけでも、嬉しかったですし。メイコさん、美人だもん。本当ですよ」
 嘘が下手なのは分かっていたが、逆に慰められていると思うと、美鈴はどうも困ってしまうのだった。
 途中、ライブであれだけ活躍していたメイコを指差す人がいたが、彼女に声をかけたり、手を振ったりする人は誰もいなかった。メイコ自身、笑顔を振りまくことはもちろん、そちらを見ることすらないのだから、彼らにとってもそれが当たり前のことなのだろう。
 「うー、ホント言うと、お話したいなとは思いました」
 ついに本音が漏れてしまって、美鈴は苦笑いでそれに答えるしかなかった。ただ、一応彼女なりのフォローは用意してあったようだ。
 「それも近いうちに叶えてみせるさ。驚かせようと思っていたが、仕方がない。本当は、一般行動でも感情が出せるプログラムの開発は順調でね。近いうちに完成するんだよ。あぁ、『KOKORO』の一部を乗せ成長させる、例のあれとは別物だから、君の希望をまた下回ってしまうかもしれないがね」
 「・・・それができたら、会話とかできるんですか?」
 「会話くらいならね。もっとも、いつも笑ってばっかだろうから、媚を売っているように見えるかもしれんが」
 若干の希望は生まれたが、それでも顔に笑顔が戻らないリンに、今度は美鈴がため息をつく。
 「あのな、リン。君は体こそアンドロイドだが、正直私は君を人間として見ているんだ。整備や研究以外ではね。だからこそ一緒に風呂に入って、同じ部屋で寝ているんじゃないか。メイコなんか、洗浄は専用の機械で、スリープモードの時はカプセルで独りだぞ?」
 「それはそうですけどー」
 分かっていても、納得はしたくない。そんな顔だ。うー、と唇を尖らせて拗ねているリンを説得するのは無理と判断し、美鈴はご機嫌取りに動き出す。
 「分かった。あぁ、分かったよ。悪かった、私の責任だ。君を落胆させてしまった責任は取るさ。リン、なんでも好きなものを言ってくれ。買ってやる。それで許してくれ」
 のろのろと進む車の中で額に手をやって言う美鈴の提案に、リンは驚いて、無意味に視線をキョロキョロさせた。
 「好きなものですか?いきなり言われても・・・」
 さっきまでの不機嫌とは打って変わって、遠慮がちに自分の欲しいものを探しているその姿は、自分にとても素直であることを簡単に想像させるものだった。
 どうせ渋滞は解消しないのだから、美鈴も急かす真似はしなかった。後ろのメイコなど、もはや空気と一体化していると言っていい。
 ようやく決まったのか、リンは彼女本来の明るい笑顔で、美鈴に耳打ちした。その答えに、意外そうな顔で美鈴はリンに聞き返す。
 「構わないが・・・。そんなものでいいのか?もっと良いものでも構わないぞ?」
 「私が欲しいんです!買ってください!」
 シートベルトをしているのであまり大きな動きは出来なかったが、精一杯おねだりするように、リンは美鈴の腕を引っ張った。
 わかったわかったとリンを諭しながら、美鈴は心中で、リンの笑顔にだけは敵いそうにないと断言していた。




 夜も更け、美鈴とリン、メイコは、彼女達の実家である研究所へと帰ってきていた。
 到着するなり、美鈴はメイコをメンテナンス台に乗せ、モニターとにらめっこしている。もうかれこれ3時間ほど、休憩もせずによくやるな、とリンは思った。
 そのリンはといえば、今日は一緒に入ってくれないので1人で風呂に入り、研究機材がたくさんある中で唯一、彼女のために設けられた可愛らしいデスクで、買ってもらった宝物を揺らし、ご満悦の表情だ。
 ちりん、と涼しげな音がなる、そのガラス細工は、彼女が始めて美鈴に会った日、見せてやると約束された物だった。
 「風鈴、綺麗だな」
 もう何度も同じ言葉を繰り返しているが、飽きることなく揺らしては音を楽しみ、光にかざしては輝く模様を楽しんでいる。
 リンという少女が初めて手に入れた宝物だった。かつての父、クリプトン博士は、研究を世に発表することが無かったためか、いつも金欠だった。遊びに連れて行ってくれたことも稀だったし、何もあげられなくてすまない、と謝られたこともあった。
 当時は『KOKORO』プログラムもなかったので、なぜ謝られているか分からなかったが、今ではなんとなく分かる気がする。大切な人には、何かを送りたいものなのだ。
 プログラムに呑まれ壊れる寸前に、クリプトン博士へと向けて歌った、自分もそうだった。美鈴が風鈴をくれたのは、違う理由のようだが。
 ともかく、リンはその風鈴を自分の宝物にしようと、心に決めた。
 「改めて見ると、まるで別物だな・・・。くそ、なんとか近づけられないものか」
 独り言だろう、美鈴がぼやく。擬似感情プログラムを見て、苦い顔をしていた。リンの持つ『KOKORO』と比べているのだろう。
 優れていると言われるのは嬉しいことだが、苦悩する美鈴を見ると、リンはどうも複雑な心境になった。無理をされて体を壊されるのは嫌だった。
 「美鈴さん、もう寝ましょうよ」
 声をかけてみるが、彼女は片手を上げただけで、また画面へと向かう。大きなヒントが掴めそうで掴めない、と美鈴は言っていた。それが掴めれば、リンの兄弟機を作ってやれると、自分に言い聞かせるようにも言っていた。
 自分の兄弟機、つまり、心に近いものを持った、成長の可能性のあるアンドロイドということだ。ブレインはそれを理解していると反応しているが、どういったものが出来るのか、想像もつかない。
 特に、あの『MEIKO』を見た後である今は、余計に絵空事に感じてしまう。美鈴には失礼だと思うが、リンは期待半分不安半分だ。またあのような挨拶を振りまかれてしまったら、立ち直れないかもしれない。
 天才と呼ばれる美鈴が作るのだから、その心配はないと思うのだが、どこか不安は拭えなかった。自分の妹となるのか、弟となるのか。できれば人と同じように会話がしたいと願うのだが。
 聞いてみようかとも思ったが、今の美鈴に話しかけるのは野暮だな、と思い、風鈴を大事そうに両手に持って、椅子から降りた。気配に気づいてか、美鈴が声だけで聞いてくる。
 「寝るのか?」
 「うん。先に寝ますね」
 言うと、ようやく顔を上げて、美鈴はこちらを向いてくれた。疲れた顔で笑い、
 「おやすみ」
 「おやすみなさい」
 リンも礼儀正しくお辞儀を返し、2階の寝室へと向かう。1階から美鈴の独り言が聞こえたが、心配する自分を振り切って、ベッドにもぐる。
 美鈴は自分のためにがんばってくれているのかもしれない。そう思うと、邪魔をしてはいけない気がした。だからというわけでもないが、持っていた風鈴を、ベッド枕元にある帽子掛けに引っ掛けた。
 りん、と可愛い音が鳴るそれを寝転がって見上げ、リンは美鈴に届くことを祈って、呟いた。
 「ありがとう、美鈴さん」
 リンのその言葉は、もう一度鳴った風鈴の音と共に、心地よい夜の闇に吸い込まれ、消えていった。




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