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 ←第2話 私と同じ、私と違う →第4話 月の姫が求めたものは
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ココロ~another future~

第3話 ココロが繋がるそのときに

 ←第2話 私と同じ、私と違う →第4話 月の姫が求めたものは
 ようやく馴染んできた、リンの自宅となる研究所。1階の研究フロアに、ずいぶんと場所を取っているカプセルがある。
 最近よくメンテナンスを受けるようになった、美鈴の開発したアンドロイド『MEIKO』が、その中で眠っていた。はたから見たら死んでいるようにも見えるが、ブレインとの接続を切られているのだから、あながち間違った表現でもない。
 その隣のメンテナンス台で、リンは横になっていた。いつものようにブレインにケーブルを接続され、頭の左側にざらざらとした感覚を感じる中、美鈴の研究に協力していた。
 『KOKORO』プログラムの解析は、彼女曰く、順調に進んでいるらしい。その割りに、美鈴は難しい顔でディスプレイを睨んでいるが。
 メイコの持つ擬似感情プログラムと比べ合わせ、足りないものを新しく補おうとしているのだが、『KOKORO』プログラムの複雑さは、美鈴にそれを許さなかった。
 心を持つアンドロイド。多くのアンドロイド研究者に諦められ、稀代の天才でる秋山美鈴の目標であるもの。
 そして、誰に知られることもなく散っていった孤高の科学者、Dr.クリプトンがたどり着いたもの。
 現在のリンの親である美鈴に『神の域』とまで言わせたその完成体は、メンテナンス台の上で口を尖らせている。ようするに、暇なのだろう。
 「美鈴さん、まだ終わらないんですかー?」
 やはり口を尖らせたまま、リンが言った。何度目かの台詞だが、美鈴からの返事は決まって、
 「あぁ」
 だけだった。いつもならもっとマシな答えが返ってくるのに、今日は妙に気合いが入っているなと感じていた。協力してやりたい気持ちも山々だが、かれこれ4時間。さすがに飽きてくる。
 話し相手になってくれる人もいないため、何か方法がないかを模索する。そしてすぐに、しまったなと思った。宝物の風鈴を手元に持ってきていれば、多少はマシだったかもしれない。今は寝室に置いてあるはずだ。
 クリプトン博士なら話し相手になってくれたのに、などと思ってみても、今の彼女の所有者は美鈴だ。本当は優しい人なのだが、研究となると、とても無口になる。
 退屈しのぎに、記憶回路の片隅にあったものを引き出してみる。美鈴に怒られない程度だから、構わないだろう。目を閉じて集中してみると、もう何百年も使っていないものがあることに気づいた。
 歌を歌うこと。プログラム上では存在し、何度かクリプトン博士に歌わされたこともあった。だが、彼女自身が好んでそれを実行することはなかった。
 ココロを手に入れてからも、自分が歌うなどということは、考えもしなかった。なるほど、どおりでずいぶんとブレインの奥深くにしまわれているはずだ。
 試しに、中を覗いてみる。いくつかの曲が保存されていた。童謡と当時のポップスだと、記憶回路が告げている。
 いい暇つぶしになるだろうと、リンは適当な童謡を一曲選び、音程を確認しながら口ずさんだ。懐かしい記憶がよみがえる。クリプトン博士は子供である自分に歌を教えたとき、どんな気持ちだったのだろう。考えるだけで、心が暖かくなる気がした。
 もはや歴史となってしまった、自分が生まれた時代。街に行き、子供達と一緒に歌った記憶もある。あの頃の自分はなんて無愛想で、なのに子供達は笑顔で手を取ってくれて。
 音色も、歌詞も、何もかもが懐かしい。だけれど、あの頃に戻りたいとは、不思議と思わなかった。
 思い出を振り返って、ついつい歌に夢中になっていたリンは、美鈴の手が止まっていることに気がついた。視線が交わると、彼女はすぐに質問を投げかけてくる。予想通りだった。
 「リン、君は歌も歌えたのか」
 「あ、はい。まぁ、ちょっとですけど」
 多少目を見開いた美鈴だが、以前味覚があることが分かった時ほど、驚いてはいなかった。彼女の作ったアンドロイドもまた、歌を歌えるからだろうか。
 案の定と言うべきか、美鈴は再び作業に没入していった。リンはといえば、美鈴と会話してしまったせいか、歌を歌う気も失せてしまっている。思わぬところで暇つぶしを奪われ、眉を寄せてしまうのだった。
 頬を膨らませて天井を見つめていると、言い訳のような美鈴の声が聞こえてくる。一応悪く思ってはいるらしい。
 「もう少しで終わるさ。うまくいけば、メイコの擬似感情プログラムも化けるかもしれないんだ。そうしたら、君の待ち望んだアンドロイドとの会話、実現するかもしれない」
 「むー・・・。そう言われると、我慢するしかないじゃないですか」
 また唇を尖らせる。自分のためにがんばっているなどと言われると、リンは文句を言えなくなってしまう。そういう性格の心を作られたのだろうかと思ったが、それを聞くと、美鈴は画面を見たまま否定した。
 「いや、おそらく『KOKORO』プログラムの基は無だろう。君の自意識行動プログラムと接続したときに、リンという固体が持つ微妙な行動プログラムの誤差が作動して、君の性格という個性が生まれたんだな」
 「なるほどー」
 と答えててみても、実は半分も理解はしていない。彼女自身がアンドロイドであり、かなり高性能なAIを搭載しているはずなのだが、どうも『KOKORO』プログラムをインストールしてからというもの、自分はまぬけな性格になってしまった気がしてならない。
 「私、もっとしっかり者だったんですよ?昔は・・・」
 「それはアンドロイドとしての君だろう。人間の心を持った君は、きっとそういう性分なんだろうよ。私は嫌いじゃないがね、リンのおっちょこちょいなところは」
 「それ褒めてるんですかー?」
 ふてくされたように言うと、美鈴は口元だけで笑った。否定なのか肯定なのか、答えは聞かなくても分かるのだが、からかわれた方としてはおもしろくない。
 何か仕返しをしてやりたいなと思ったが、その方法を考えている途中で、リンは意識を引き戻された。原因は、美鈴の上げた奇声だった。
 「なんだ・・・?な、なんだこれは!」
 突然の慌てように、リンは驚いて動けない。かける言葉を選んでいるうちに、次の異変が起こった。
 隣のカプセルから発せられたアラートと共に、メイコのブレインから聞こえる異音が、耳に届いたのだ。美鈴がディスプレイで確認した異変は、メイコのブレインのものらしい。
 だが、彼女の豹変ぶりから、それがただの小さなバグやミスではないことが分かる。飛び上がるように椅子から立ち上がった美鈴は、カプセルのロックを強制解除、メイコを目で確認した。
 「ブレインの接続は切っているはずだ・・・!起動もさせていないのに、こんなことありえるのか!?」
 もう一度、ディスプレイを睨みつける。リンも釣られて覗いてみると、自分の『KOKORO』が表示されているウィンドウの隣、おそらくメイコのブレインウィンドウだろう。エラーを表示していた。
 外部からの深刻なアクセス。エラーはそれを訴えている。ハッキングかとも思ったが、リンには分からないままだった。
 視線を美鈴に戻すと、彼女はキーボードからのアクセス拒否を諦め、再びメイコのカプセルへと手を伸ばした。頭に繋がれているブレインケーブルをまとめて掴み、無理やり引き抜く。普段の彼女には見られない強引な方法だと、リンは思った。
 エラーが消え、メイコのブレインから聞こえた異音も治まる。大きなため息を1つ吐き出すと、すぐに立ち上がり、美鈴はディスプレイの前の椅子に座った。
 「・・・異常はないな・・・?各システム、オールグリーンか・・・」
 「あ、あの」
 遠慮がちに声をかけると、煙草に火をつけて、美鈴は疲れたような苦笑いを浮かべて振り返った。
 「あぁ、すまん。取り乱してしまった」
 「いえ・・・。何があったんですか?」
 リンの質問に、美鈴はゆっくりと紫煙を吐き出し、首を横に振る。分からないというジェスチャーに見えたが、どうやらそれは違うらしい。
 「信じられないことだが・・・。リン、君はさっき、メイコのブレインにアクセスしたりしなかったか?」
 「え?してませんよ」
 疑われているのかと思い、少し怒ったように返してしまった。案の定勘違いだったらしく、美鈴が困ったような顔をする。
 「いや、すまない。そういうつもりじゃないんだ・・・。どういうことか、原因も理由も分からんが、『KOKORO』がメイコのブレインに進入を試みた。なんとか直前で止めたものの、彼女が詰んでいるマイクロチップはそんなにいいもんじゃない。『KOKORO』を受け入れられずに、壊れていたかもな。だが、どうして・・・」
 「あ・・・」
 ふと、思い出した。自分が壊れてしまったあの日、確かリン自身も、自分で選んだとはいえ、『KOKORO』プログラムが強制的にブレインへと進入してきたのだ。
 他のプログラムだったなら、危険を感じてシャットアウト出来ただろう。だが、『KOKORO』はそれが出来なかった。意識が混濁し、感情の濁流から逃れられずに、『KOKORO』を受け入れざるをえなかった。
 そのことを美鈴に話すと、彼女は顎に手をやって、なにやらブツブツと呟き始めた。こうなっては、美鈴が答えを出すまで待つしかないことを、リンは知っていた。
 あんなことがあったにも関わらず、カプセルで眠っているメイコを覗き込む。無愛想などという表現では表せぬほど、無感情なアンドロイド。かつての自分もそうだったのだが、自分の『KOKORO』は、メイコになにをもたらそうとしたのだろう。
 自分と同じ、心を持つアンドロイドを、リン以上に『KOKORO』プログラムが欲しがっているのだろうか。そんなことを考えていたとき、いつの日だったか、クリプトン博士が言っていた言葉が脳裏を過ぎった。

 『私は家族が欲しい。共に人生を送ってくれる、生涯の同胞がね。君も、もちろん家族だが・・・。もっとたくさんの家族を、私は求めてしまっている』

 「家族・・・。同胞、同じ、存在?私と同じ、心を持つアンドロイド・・・?人間じゃだめなのかな」
 「・・・ん、どうした?」
 散々独り言を言っていたにも関わらず、こちらの言葉はしっかりと聞いているらしい。美鈴がリンへと振り返る。
 「美鈴さん。私は美鈴さんにとって、家族ですか?アンドロイドでも」
 「何を今更・・・」
 若干呆れたように、美鈴が髪の毛をかき上げる。だが、リンの質問の本質が違うことに感づいたのか、煙草を消して、リンを椅子に促した。自分もその正面に座る。
 少しの間の後、リンは口を開いた。
 「私は、クリプトン博士の家族となるべくして作られたアンドロイドです。博士は天涯孤独の人でしたから、寂しかったんだと思います。
 ・・・でも、今の時代、メイコさんとか、他の・・・娯楽用でしたっけ。そのアンドロイドは、なんでアンドロイドじゃないといけないんでしょう?家族、仲間、同胞。癒しを与える存在。それは、私たちアンドロイドより、人間のほうが適しているんじゃないですか?」
 「・・・ふむ。言っていることは正しい。だが・・・そうだな。君には話しておいてもいいだろう。少し長くなる。ジュースでも入れよう」
 言うと、美鈴は立ち上がり、小さな冷蔵庫に向かった。すぐに戻ってきて、彼女はリンと自分の前にオレンジ色の液体が入ったカップを置く。
 少し口に含み、唇を濡らすと、美鈴はゆっくりと、聞き取りやすいように話し始めた。
 「まずは・・・。あぁ、人間という存在は、非常に弱いものだ。君の心は人間のそれだが、人という存在をどの程度のレベルで理解、意識出来ているのかは分からない。どうだろう、君の親であるDr.クリプトンを初め、私たち人間は、君の目にどう映る?
 ・・・あぁ、そんなに深刻な顔をしないでいい。最初に言ったとおり、私たちは酷く弱い。もともと厚い体毛もなく、武器となる爪も牙もない。巨大な脳とそれによって生まれた知恵のおかげで、こうして生きていられる。中には、地球の覇者は自分達だと思っている厚かましい馬鹿もいるようだがね。
 だが、実際は違う。ひとたび流行り病が広がれば、それによって世界中で何千万という単位で人が死ぬ。今だって、エアフィルターの外に生身で飛び出すときは、中和剤が必要だ。そうだな、これがなによりの証拠だよ。
 すまない、少し論点がずれたな。アンドロイドはもともと、危険な資源採掘作業や、単純な力仕事をさせるために作られた。そんな嫌な顔をしないでくれ、人間は自分が嫌なことから逃げる傾向にあるものだ。
 そう、逃げるんだ。人は。だが、あの大戦後、人々は逃げることも叶わなかった。寂しさや苦しさ、戦争により傷ついた世界と、人々の心。かつての穏やかな緑もないこの世界で、人々の心は荒んでいった。それも、争いが生まれる方向ではなく、最も最悪な形にね」
 一度切って、美鈴はジュースを口に含む。
 最悪な形に荒んでいった心。続きを聞くのが怖くなったが、リンは聞かなければならない使命感に似たものを感じていた。視線で促すと、美鈴が頷いてくれる。
 「戦争終結後、エアフィルターで隔離された世界で人々が暮らすようになった。だが、見ての通り、この街にも外にも自然がない。作られたばかりの都市には、癒しを与える場もなかった。
 私はそのとき、まだ生まれていないが・・・。多くの自殺者が出たらしい。それも、被害は甚大だったそうだ。疫病でも流行ったのかと思われるほど、世界中で自殺が多発した。止める術を知っていながらも、誰もが人の癒しになろうとは思わなかった。
 皆、癒しを求めていたんだ。身分の低い人間も、高い人間も、皆平等に病んでいたんだな。そこで開発されたのが、笑顔売りだった。作業用より複雑なAIを持つ、それでもただ笑うだけのアンドロイドだ。人気は絶大だったそうだよ。当然、作った側は次の商売に乗り出す。
 売春機が本格的に認められたのは、私がまだ幼い頃だったな。癒しを求めているのは人間であり、同じ人間が誰かを癒す余裕などない。だから、アンドロイドは笑顔だけではなく、体も売るようになった。
 このとき、自殺者は激減していたそうだ。戦争前と同じ程度までね。だが、アンドロイドに可能性・・・金儲け然り、科学の進歩然り・・・。ともかく、可能性を垣間見た科学者達は、こぞって高性能なAIの開発にいそしんだ。ま、私もその1人なわけだがね。
 ともかく、アンドロイドに癒しを求めている理由は、そんなところだ。大まかな説明だがね」
 「ありがとうございます。・・・んー」
 納得いかないというわけではないが、リンの心にはずっと引っかかるものがあった。だが、それを言っていいものなのか。言えば、下手をしたら美鈴が傷つくのではないか。
 言いよどんでいると、相変わらず鋭い美鈴が、笑った。
 「せっかくの機会だ。腹を割って話そう」
 「・・・はい。美鈴さんは、人を癒すためにアンドロイドを使ったと言いました。なんとなくだけど・・・分かります。その気持ち、きっとクリプトン博士も同じだったから。
 でも、その・・・。うん、はっきり言いますね。美鈴さんも、他の科学者の人も、アンドロイドの気持ち、考えてないと思うんです」
 「アンドロイドの・・・気持ち?」
 怪訝な顔をする美鈴。思わず俯いてしまう。だが、それでもリンは続けた。
 「私には心がある。それは『KOKORO』プログラムのもので、作られたもので・・・。美鈴さんはそれを、私だけのものだと言ってくれる。けど、それとは違う、もっとこう、なんていうのかな、本質的な『ココロ』が、あると思うんです。
 あの、科学的なこととか、説明できないんですけど・・・。さっきのメイコさんのこと、美鈴さんは私の『KOKORO』がアクセスしてるって言いましたよね?あれ、根拠は無いけど、違う気がして。その・・・メイコさんが、無意識にって言うと変だけど、『KOKORO』プログラムに気づいて、心を欲しがったんじゃないかなって。
 私と同じアンドロイドのみんなは、本当は心を持っていて、それを表に出せないだけで・・・。うーん」
 「言いたいことは、分かる。古来より、全ての物には心が宿ると言われている。私は科学者だから、それを鵜呑みにすることは出来ないが、リンの気持ちは分かるつもりだよ。現に、君の心は科学では説明しきれない域だ」
 少しだけ、気が休まる。美鈴を傷つけずにすんだからからなのか、気持ちを理解してくれたからなのか、理由はあいまいだったけれど、リンには十分だった。
 だから、安心して続きを話すことができたのかもしれない。
 「私が1人であの研究所にいたとき、毎日ブレインの記憶を辿っていたんです。それは、日々やることがなくて、ブレインのメンテナンスも兼ねてしていた繰り返し。何を見つけても興味を示さなかった。
 でも、『KOKORO』を見つけたとき、私は間違いなく興味を抱いたんです。まだ心を持たなかった私が、クリプトン博士が作った心を知りたいと、願ったんです。
 根拠にはならないかもしれない。けど、私は思うんです。メイコさんにも、他の、単純作業しかできないアンドロイドのみんなも、きっと、どこか奥底に心を持っている。いつか心を表現できる時を、待ち望んでいる。
 私は知りたい。アンドロイドのみんなが、どんな気持ちなのかを。私は、私と同じ人を癒すアンドロイドが、何を望んでいるのかを知りたい。・・・ごめんなさい、なんか、私の願いになっちゃって」
 熱くなってしまい、リンは恥ずかしげに俯いた。予想通り、美鈴は首を横に振って、
 「いや・・・。自分と同じ存在の気持ちを知りたいと思うのは、当然だ。君は唯一、心を持つアンドロイドだ。・・・君の言葉を借りるなら、心を表現できるアンドロイドだ。ならば、他の同胞が持つ気持ちを知りたいと思うのは、当たり前のことだと思うからな
 実はな、私も少し、似たようなことを思っていた。切実な願いであるリンの気持ちに比べたら、恥ずかしい限りだがね。私はいつも思っていたよ。もしアンドロイドにも心が芽生えたとしたら、彼らは私達になんと言うのだろう。私たちは彼らをどんな存在として扱うのだろう、とね。
 今でこそ商用であり、物として、癒しを与えてくれる道具としてしか見られていないが、君のように、心を全面に出せる存在が生まれたら・・・」
 一呼吸置き、美鈴は少し身を乗り出した。リンと、近くで目が合う。逸らすことが出来ないリンの頬に手をやり、彼女は時々見せる優しい微笑をした。
 「私たち人間は、君たちを同じ人間として見れるのかもしれない。あるいは、人間ではないにしろ、自分達に限りなく近い、パートナーとして。物ではなく、1つの命として、見れるかもしれないとね。
 だから、私は心を作ろうとした。擬似感情プログラムは、私の自信作だがまだまだ稚拙だ。目標は遠いと思っていたが、それはぐっと近くなった気がするんだ」
 頬の手を、リンの黄色い髪へと移動させる。優しく撫でられ、気持ちいいと感じた。
 「君と出会って、その可能性は大いに高まった。科学的な根拠もある。何よりのお手本が手に入ったんだしな。だがそれ以上に、リンという存在のおかげで、私は心を作れる自信を持てた。君の父であるDr.クリプトンがそうだったように、私にもきっと、君と同じ存在が作れる。そう思えた。
 私はがんばるよ、リン。君の同胞を、きっと生み出してみせる。
 そして、聞かせてくれ。みんなが私たちをどう思っているのかを。友として、家族として認めてくれるのかを。道具として使っていたことを許してくれるのかを。そして・・・共に歩んでくれるのかを」
 リンは、自分が笑顔でいることにようやく気がついた。そんな優しい笑顔で言われては、頷かないわけにはいかないと思った。
 なにより、美鈴の言葉が嬉しくて嬉しくて、頷きたい衝動を押さえることが出来なかった。
 クリプトン博士と同じ、自分達アンドロイドを『存在』として認めてくれる人。気づいたら、大好きになっていた。
 頷いたリンにもう一度微笑み、美鈴が立ち上がる。大きく伸びをして、メインコンピューターの電源を落とした。メイコのカプセルも閉まる。
 「さて、今日は疲れた。もう遅いし、寝ようか、リン」
 「あ、はい」
 同じく立ち上がり、二人は一緒に、寝室へと続く階段を登る。いつものように扉を開け、クローゼットからパジャマを取り出し、着替える。
 美鈴も同じく寝巻きに着替え、いそいそと自分のベッドに入っていった。しかし、リンはベッドの前から動かないでいる。
 「どうした?」
 「えっと・・・」
 自分のベッドではなく、美鈴のベッドを見つめているリン。心の中で、美鈴が意図に気づいてくれることを期待していた。子供の形に作られているとはいえ、一応14歳前後の体系であり、心もそれに近い精神年齢だ。恥ずかしくて、言いたくない。
 きょとんとしていた美鈴だが、あぁ、と察してくれて、ベッドの少し奥へと、自分の体を移動させた。
 「構わないぞ。今日はまぁ、無礼講にしておいてやろう。誰にも言わない、安心していいぞ」
 「・・・はい」
 とびきりの笑顔で、リンは美鈴のベッドへと潜り込んだ。おいおい、と困ったように美鈴が言っているが、ちっとも気にならない。
 なぜなら、美鈴も嬉しいに決まっているからだ。だって、そんなに楽しそうな笑顔だから。
 どうせ一緒の布団にいるのだからと、リンは少し無理やり、美鈴にくっついた。狭いとは、不思議と思わなかった。美鈴も少しだけ声に出して笑い、抱き寄せてくれた。
 (あぁ、私達、家族なんだ)
 今更だと、美鈴は言っていた。でも、何度でも確認したかった。血が繋がっていないとか、そもそも人間ですらないとか、そんなこと関係なしに、家族である。それを実感するたびに、こんなに嬉しい。
 目を閉じる。美鈴の温もりが、少し不安だった心を癒してくれる。人間だって、アンドロイドを癒せるんだなと思った。口には出さなかったけれど。美鈴は自分の暖かさを、癒しと感じてくれているだろうか。
 きっとそう思ってくれている。なぜなら、家族だから。こうしているだけで幸せだと思える、自分の大切な人なのだから。
 眠りは、思いのほかすぐに訪れた。少しもったいない気もしたが、安らかで心地よい眠気は、リンが今まで繰り返していた休眠とは、まるで別物だった。
 穏やかな眠りに身を委ね、優しい時間は、緩やかに流れていった。




 翌朝、目覚めたリンは、ベッドに自分しかいないことに気がついた。目をこすって、もう一度もぐれと言ってくる掛け布団の誘惑を退ける。寝巻きから着替え、恐らく下にいる美鈴の元へと向かう。
 昨晩あんなに嬉しいことがあったというのに、一晩立つといつも通りに戻ってしまう自分の心が、少し寂しかった。1階で出迎えてくれた美鈴も、やはりいつも通りの対応だった。
 「あぁ、おはよう。今日は出かけるぞ。着替えてきたところすまないが、こっちの服を着てくれ。お偉いさんと会うんでね、いつもの格好というわけにもいかん」
 美鈴の指差した服を手にとって、リンは自分の眉が動いたのを感じた。
 真っ白なワンピース。右の胸元に遠慮がちな水色の花の飾りがついている。ご丁寧に、それにあわせた帽子まで用意されている。いつもの大きなリボンもつけられないようだ。
 「そんな顔しないでくれよ。可愛いのを選んだつもりなんだが」
 苦笑いを浮かべる美鈴。今日くらいは彼女の言うことを聞いてやってもいいかな、とリンは思った。どうせ美鈴しかいないのだしと、リンはその場で服を脱ぎ始める。
 もそもそと着替えている中、今日の予定を美鈴が説明してくれた。
 「今日は新型VOCALOIDの公開日でね。まぁいつも通り、VIP席から観覧するだけなんだが・・・。センタードームの管理者が一緒らしいんだ。無視するわけにもいかんのでね、会食という形になるのかな?君が食べることができるアンドロイドでよかった」
 「それ、私いなくてもいいんじゃないですか?」
 思わず本音が出てしまったが、美鈴は変わらない表情のまま、ワンピースを着込んだリンの頭に手を置いた。
 「道連れってやつだ。すまんな」
 あまりにもはっきりと言われてしまって、リンは怒る気にもならなかった。どうせ暇なのだから、ついて行くことにはなったのだろうが、美鈴には悪いと思ってる素振りすらない。
 見れば、美鈴もいつもの白衣ではなく、今日はきっちりとしたワインレッドのスーツを着ている。意外に似合っていることに驚いた。左手に車のキーを、右手で煙草を吸っている姿は、やはりいつもの美鈴なのだが、まるで別人のような印象すら受ける。
 先に行ってしまったので、慌てて真っ白な帽子を被り、後を追う。研究所を出てみると、美鈴はもう車のエンジンを入れていた。
 急いで助手席に乗り、さっそく文句を言う。
 「ひどいですよ、待っててくれてもいいじゃないですか」
 すると、美鈴はあぁ、と笑って答えた。どうも悪気はないようだ。
 「すまんすまん。落ち着いているつもりだったんだが・・・。どうも、舞い上がってしまったらしい。なにせ、粉骨砕身で作った新型の発表だ。自分の子供のデビューということになるわけだしな」
 「ふーん、そういうもんなんですかね」
 いまいちピンとこないのだろうが、なんとなく納得できるような気もしたので、リンはそんな言葉を返していた。その間にも、美鈴は車のキーを入れていた。
 センタードームへ向かう、いつもの道。リンはこれで4回目となるが、景色を眺めることは、きっといつまでも飽きないのだろうなと思っていた。
 しかし、隣の美鈴との会話がないのは寂しい。そういえば、と、リンは切り出す。
 「新型のVOCALOID、でしたっけ?どんな人なんですか?」
 運転中なので視線は前を向いたまま、美鈴はいつもの相槌の後、答えてくれた。
 「あぁ、名前は『KAITO』と言ってな。男性型のアンドロイドだ。音域は広くないが、落ち着いた歌声を持つ、いわば癒し系VOCALOID、ということになるのか?『MEIKO』の詰んでる擬似感情プログラムに比べ、かなり高性能なやつを使ったから、ある程度のコミュニケーションは取れるんだ」
 「ある程度?」
 「ふふ、前は会心の作だと思っていたんだがね。君と出会ってからというもの、欲が出てしまったらしい。
 ある程度というのは、そうだな・・・。愛想笑いを浮かべて、相手の会話に合わせて話す、といったくらいかな?メイコに比べたら遥かにマシだと思わないか?」
 「うーん、そうですねぇ・・・」
 確かにメイコに比べれば、かなり改善されたと言えるかもしれない。だが、それは『KAITO』なるVOCALOIDの意思ではなく、あくまでプログラミングされたものでしかないのだろう。
 自分は特殊なのだから、仕方のないことだとは分かっている。だが、それでも一抹の希望は捨てきれないでいる。
 毎晩美鈴ががんばってくれているから、口には出さないようにしていたが、彼女のことだ、きっとリンの気持ちなど察しているのだろう。
 その証拠に、彼女はハンドルを握ったまま、困ったような笑顔を浮かべていた。
 「もちろん、君に近い感情プログラムを作る努力はするさ。『KAITO』も『MEIKO』も、まだまだ改良の余地はある。リンの協力を仰げる今では特にね」
 喜ばそうとして言ってくれたのだろうが、リンは正直、複雑な気持ちだった。
 ただでさえ、美鈴は自分に近い擬似感情プログラムを開発するために、身を粉にして研究しているのだ。それに加え、カイトとメイコという2人のアンドロイドにも、自分と同じような感情を持たせるべくバージョンアップしようとしてる。
 何より、体が心配だ。無理をして倒れられたら、リンはどうしたらいいのかわからない。
 顔に出ていたのか、美鈴がもう一度、失笑を浮かべる。
 「私のことなら大丈夫だ。無理はなれているし、好きでやっていることだから、苦にもなっていない」
 「でも・・・。たまにはゆっくり休んでください」
 「あぁ、ありがとう。今日は会食という堅苦しい場所だが、美味いものでも食ってのんびりするさ」
 その言葉で、ようやくリンは笑うことができた。美鈴も笑顔を返してくれて、ほっとする。センタードームが視界に入ると、2人の会話は自然に止み、あっという間に駐車場へと到着した。
 いつもの専用駐車場に止め、やはりいつも通りのスタッフ専用入り口から中に入る。
 センタードームに来るたびに、リンはスタッフの礼にお辞儀を返すという行動をしているのだが、今日はいつもよりその回数が少ないと感じた。
 「美鈴さん、今日はスタッフさん、少ないですよね?」
 「おいおい、新型の発表だぞ?いつもの倍はいるさ。ただ、仕事が多すぎて、ここにとどまっていられないんだろう」
 言われて見回してみると、なるほど、スタッフは美鈴に対して軽い会釈をするだけで、忙しそうに駆け回っている。VOCALOIDの新作発表というのは、それほどの意味があるものらしい。
 一応自分も、ここではアンドロイド扱いを受けているのだが、特殊すぎることが浸透したためか、彼らはリンに対してさほど興味を示さない。あくまで美鈴の連れの子、という感覚であるらしく、嬉しいのやら、ちょっと悔しいのやら、リンは今日何度目かの複雑な気持ちになるのだった。
 特殊とはいえ、彼らのリンへの認識は『アンドロイド』であり、人として接してくれる者は美鈴のみ。よく分からない専門用語を立て並べてくるスタッフに首をかしげると、彼らは一様におかしいものを見たような顔をするのだ。期待に答えられていない気がして困ってしまったが、美鈴は気にしなくていいと言ってくれた。
 相変わらずの大きさのエレベーターに乗り、けたたましい音と共に、2人を乗せた大きな箱が動き出す。VIP席についたら、真っ先に特等席である真ん中の席に座ろうと構えているリンに、美鈴はおかしそうに吹き出した。
 「そんなに身構えるな、先客がいたら恥ずかしい」
 言われてみたら、確かにそうだった。今まではたまたま、誰もいなかったからよかったものの、身構えた状態でエレベーター前で鉢合わせしたとしたら、赤面することは必須だ。慌てていつもの姿勢に戻し、平静を装う。同時に、エレベーターが到着した。
 ドアが開き、真ん中の席に座ろうと進んだリンは、思わず声をもらした。
 「あ・・・」
 先客がいた。栗色の巻き毛、自分とは違って、パフスリーブのついた高貴なイメージのする、淡い桃色のワンピース。同じ色の、白いリボンがついた帽子を、丁寧に膝の上に乗せている。年は10歳くらいの、女の子だった。
 出てしまった声に反応して、少女がこちらを見上げる。目が合って、リンは気まずさのあまり、しどろもどろになってしまった。
 「あぁあぅ、あの、ごめんなさい」
 「・・・?どうかなさいました?」
 幼い顔立ちからは想像できない言葉遣いに、リンは余計混乱しそうになった。しかし、先に少女がリンの気持ちを察し、席を1つ、横にずれてくれた。
 動揺しているリンに、少し大人びた笑顔で、
 「どうぞ」
 断るわけにもいかず、リンは当初の目標地点であった中央の席に腰掛けた。だが、隣に座る少女に申し訳が立たない。自分のほうが、見た目も実際も年上なのだが、どうも敬語で謝ってしまう。
 「ごめんなさい、席、譲ってもらって」
 「あら、お気になさらないで?たまたま座っただけですし、あなたのお気に入りの席だったんでしょう?」
 「あ、うん・・・」
 否定できない。先ほどの声が漏れた瞬間、自分はそれほどに残念な表情をしていたのだろうか。恥ずかしそうにしていると、ありがたいことに、女の子が話題を変えてくれた。
 「あなたは・・・秋山博士のお連れさん?」
 少女の視線を追うと、美鈴がコップを片手に、誰かと話をしているのが見えた。ずいぶんと高そうなスーツが似合う、40前後の男。金持ち特有の、貴族の風格が見て取れる男だった。
 「うん、美鈴さんの・・・えっと、家族です」
 「・・・?変な言い方ですわね、妹とかではないんですの?」
 「えーっと・・・」
 どう説明したらいいのか分からず、言いよどんでしまう。正直に言ってもいいのだろうか。すると、思わぬ人間に説明されてしまった。例の男だ。
 「この子ですかな?例のアンドロイドは」
 「えぇ、彼女が先ほど話した『RIN』です。他のプログラムとは別の、試験段階の感情プログラムを搭載しています。VOCALOID仕様ではないので、舞台に出すことはできません。あくまでコンセプトは『ココロ』ですから」
 「ふぅむ・・・。どの程度のコミュニケーションが取れるのか、試してみても?」
 会話に置いていかれている少女2人はそっちのけで、男が美鈴へと振り返る。美鈴は、一瞬だけ右唇を笑いに吊り上げた。そして、リンに何やらアイコンタクトを送ってきた。意図は分かる。ようするに、驚かせてやれ、ということだろう。
 もっとも、普通に返事をすればいいだけの話なのだろうが。
 「えーっと、お名前は?」
 「あ、はい、リンっていいます」
 「・・・年齢は?」
 「一応、外見年齢は14歳です。実年齢は、その、女の人には聞かない方が・・・」
 なんとかごまかそうと試みる。さすがに500年と言うわけにもいかないだろう。男は冗談と取ったらしく、目を丸くしたあと、豪快に笑った。
 「これは一本取られたな!確かに、レディに年を尋ねるなど、紳士のやることではない。いや、失礼したね」
 「アンドロイド、だったんですの・・・?まったく気づかなかったですわ、人と同じように話すんですもの」
 少女も目を丸くしている。男は、美鈴がリンによくやるように、少女の頭に手を置いた。親子ではよくある光景なのだろうか、とリンは思った。自分と美鈴だけのスキンシップではないことに、寂しさも感じる。
 「マリー、そのアンドロイドと会話をしたようだね。どうだった?」
 「どうもこうも、まさかアンドロイドだなんて、思いもよりませんでしたわ」
 「そうかそうか。どら、まだ開演まで時間がある。しばらくそのアンドロイドと話をしてみるのもいいだろう」
 男はそう言うと美鈴と元の席へ戻っていった。残されたリンは、少し不機嫌そうな顔をしている。マリーと呼ばれていた少女が、リンの顔を覗き込んだ。
 「どうか、なさいました?」
 「・・・アンドロイドアンドロイドって・・・。私には『リン』って名前があるのに・・・」
 思わず正直に呟くと、女の子は少し驚き、そして笑って、もう一度リンの顔を覗き込む。
 「ごめんなさい、ご挨拶が遅れましたわね。私はマリアロンド・ヴェル・ラダビノードと申します」
 「マリア、ロン・・・ヴェ・・・?」
 「マリーで結構ですわ」
 挨拶程度しか言葉を交わしていないが、リンは心の中で、マリーは美鈴と同じだと思った。自分を人として見ている。それは、彼女の幼さゆえの純真さからなのだろうか。言葉遣いからは、とてもそうは思えないが。
 そんなことを考えていると、マリーは目を細めて、人形のような可愛らしい笑顔で話題を持ち出してきた。
 「今日の新作発表、男性型のVOCALOIDと聞きましたけれど、どんな歌声なんでしょう」
 「あー、美鈴さんは、癒し系とか言ってたような気がしました」
 「癒し系ですか・・・。あ、それよりもリン、さん私に敬語を使うの、おやめになって?私のほうが年下なんでしょうし、そのほうが親しみやすいですわ。それとも、私と同じように、喋り方が癖になっていらっしゃるの?」
 「ううん、そういうわけじゃないですけど。あ、じゃあ私のこともリンだけでいいよ?さん付けされると、なんだかムズムズするし」
 それを聞くと、マリーはパッと顔を明るくさせた。本当に笑顔の似合う、太陽のような女の子だなと、リンは思った。ここまで可愛らしい笑顔は、アンドロイドとはいえ同じ女性として羨ましいとも感じる。
 しばらく話すうちに、リンは敬語ではなくなっていた。マリーの話し方は独特だったが、親しみやすい性格で、こちらも自然に笑みが溢れてしまう。会話をしていて楽しいと純粋に感じられたのは、美鈴以外では初めてのことだった。
 自分の生い立ちを話すことはしなかったが、他のアンドロイドにはない心を持っていること、飲食を含め、限りなく人間に近い行動を取れること。
 開演時間はまだのようで、2人は本来の目的を忘れて話し込んでいた。たまに振り返ると、美鈴とスーツの男がこちらに手を振ったりもしてくる。
 男の名前は、ビリー・ラダビノードというらしい。マリーの父だそうだ。マリーに比べて短い名前だと、素直な感想を彼女に言うと、マリーは笑って理由を教えてくれた。
 「『マリアロンド』という名は、私の祖母がつけてくださったのですわ。ですが、それを父は面白く思わなかったんですの。自分の娘の名前は自分で決めたいという気持ちが強かったんですわね。
 でも、祖母はマリアロンドという名を譲りませんでした。盛大なケンカに発展しそうなところを、母の『ミドルネームで我慢しなさい』という鶴の一言で、『ヴェル』というミドルネームを授かることになりましたの。
 そうですわね、ただでさえ長い名前ですのに、ミドルネームまであるんですもの。友達は皆、マリアとかマリーと呼んでいますわ。リンさんも、マリーで構いませんわよ」
 「複雑なんだねー」
 相変わらずの素直な感想だったが、マリーはそうですね、と笑って頷いた。
 「でも、このミドルネームは嫌いじゃありませんの。『ヴェル』は鈴や教会の美しい鐘の音色を表していると、父は言っていましたわ。この名に恥じぬよう、澄んだ美しい心を持つようにとも、小さい頃から言われ続けていますわ。
 私自身、この名前は誇りですから、期待に答えられるように一生懸命頑張ろうと、心に決めてますの」
 「鈴かぁー。私の『リン』って名前も、美鈴さんは風鈴の音みたいだって言ってくれたなぁ」
 「あら、似たもの同士ですわね、私達」
 マリーが笑う。釣られて、リンも笑っていた。次の言葉を紡ごうと、リンは口を開いたと同時に、センタードーム全体に響くアナウンスが流れる。
 『会場に来てくれた皆さん、大変お待たせしました!これより、新作VOCALOID『KAITO』のライブを開催いたします!』
 熱気に包まれる客席。リンとマリーも、後方の美鈴とビリーも、舞台に注視する。現れたVOCALOIDが、モニターにアップで映し出される。青い髪と赤いマフラーが印象的な、優しそうな顔の青年だった。
 メイコのライブのときは、挨拶もなしに歌が始まり、歌で終わるのがセオリーだ。だが、カイトはスタンドマイクの前に立つと、一礼した後、聞くだけで安心できる声色で、会場の観客に挨拶を始めた。
 『始めまして。僕の名前は『KAITO』、ご存知の通り新作のVOCALOIDです。『MEIKO』と違い、高度の擬似感情プログラムのおかげで、こうしてみんなと言葉を交わせることができます。皆さんとお会いできて、とても嬉しいです』
 当たり障りのない挨拶だな、とリンは感じた。もっとも、他のアンドロイドと比べて人間的に聞こえるその声は、彼ら観客にとって革命的なのだろう。
 証拠に、一瞬の間の後、会場は歓声に包まれていた。
 『ありがとう、ありがとう。もっとおしゃべりもしたいけど、僕も仕事をしなければいけないので、そろそろ始めようと思います』
 冗談めいた言葉。これは確かに、話が出来る気がする。隣のマリーも、驚いているようだ。リンもアンドロイドだということを忘れているらしい。
 軽い笑いが会場に響き、若干の間を取った後、カイトが右手の拳を振り上げるのが見えた。
 『それじゃ、始めよう!みんな、準備はいいかい?』
 何度目かの歓声が、ドーム全体を包む。この熱気が、リンは好きだった。
 



 「なんだか・・・物足りませんわ」
 カイトのライブが終わると、マリーは開口一番、そう言った。
 持ち歌となるだろう4曲を歌い、その合間に何度かトークをはさむといった、まさにミュージシャンのライブといった感じのものであり、観客は満足そうな顔で帰っていく。リンとマリー、そして保護者であるビリーと美鈴は、センタードームのVIP専用フロアに設けられた小奇麗な個室で、食事をしている。
 見たこともない豪勢な食事と、3人の綺麗な食べ方に戸惑っていたリンは、隣でつまらなそうに唇を尖らせているマリーへと視線を向ける。
 「歌はとてもよかったと思います。落ち着いていて、癒し系という意味も分かりました。ですが、『MEIKO』さんの時と違って、こう・・・パワーがありませんわ。あれはあれでいいのでしょうけど、私はもっと激しい歌のほうが好きですわ」
 「マリア嬢は、メイコの歌が好きなのか。見かけとは違って、おてんばなのかな?」
 フォークの動きを止め、美鈴が悪戯っぽく言うと、マリーが顔を赤くして俯く。だが、意見を変える気はないようだ。
 「えぇ・・・。あれだけの人数が一緒になってお祭り騒ぎするほうが、ライブといった感じがしません?」
 「なるほどな。マリーはお祭り好きだから、そうかもしれんな」
 今度はビリーだった。どうやら、リンはマリーの印象を変えなければいけないようだ。
 おっとりしていて、大人びた性格。間違いはないだろうが、どうやら彼女はもっとハツラツとしていて、元気が余っているのかもしれない。
 その方が気楽でいいなと、リンは少し笑ってしまった。目が合って、マリーも笑った。
 「ふむ、マリーはそのアンドロイドと仲良しのようだね」
 あくまでモノである、という響きを込めて、ビリーが言う。悪気はないのだろうが、自分も美鈴も、ほぼ同時に眉を吊り上げた。もちろん、すぐにもとの表情に戻ったが。
 マリーもいい気分はしなかったのだろう、少し不機嫌そうな顔をした後に、
 「そうですわね、私とリンはお友達です。リンとはとても気が合うのですわ。学校のお友達は、みんな好きな男の子とか、そういう話しかしないんですもの。彼女とお話すると、新鮮なことをたくさん教えてもらえますのよ」
 「ほう、気に入ってるようだね。どうだろう、秋山博士。そのアンドロイド、譲ってはくれないか?金ならいくらでも払おう。マリーのいい話し相手になってくれそうだからね」
 突然出た思わぬ提案に、リンは目を丸くした。しかし、美鈴は冷静だった。彼の提案は予想済みだったのだろう、あらかじめ用意してあった言葉を、ただ口から発した。
 「会長、申し訳ありませんが、彼女は私の家族です。自分の娘であり妹であるリンを手放すのは、人道的とは言えないでしょう」
 「アンドロイドにずいぶんと肩入れしているね」
 「えぇ、それはもう。私は1人身ですし、結婚する気もありません。そんな私にとって、リンもメイコもカイトも、みんな家族です。ことリンに関しては、それはもう大事にしています。
 無礼を承知で言いますが、例えば会長、マリア嬢を譲ってくれ、金ならいくらでも払おうと言われたら、さすがにいい気はしないでしょう」
 憤怒の表情を浮かべかけたビリーは、しかしすぐに冷静な顔になった。紳士であることは間違いない。だからこそ、美鈴はその弱みを突いたのだろう。
 咳払いを1つ、ビリーは気を取り直して、交渉にかかる。
 「君にとって、『RIN』が大切な存在であることは分かった。だが、君は科学者であり、供給者だ。アンドロイドを作ったのなら、それを欲している人間に譲るのが世の常ではないのかね?」
 「お父様」
 「確かに、そのアンドロイドは心を持っている。だが、所詮はアンドロイドだ。君が作ったのなら、また同じものを作ればいいだけの話だろう。マリーがこれを気に入ってるのだ、君としても、マリーのために役に立ったほうが科学者冥利につきるんじゃないか?」
 「お父様!」
 思わぬ声量に、ビリーが驚き、娘へと視線を移す。マリーとリン、2人の少女に睨みつけられた紳士は、動けなくなっていた。娘のための交渉なのに、娘が怒っている。アンドロイドまで怒っているという、予想外の自体に、ビリーは混乱した。
 すかさず、マリーが笑顔を作る。隣のリンも、彼女と同じ貼り付けたような『作り笑い』を満面に浮かべた。
 「お父様、私とリンはお友達ですわ。大切な友人を『買う』なんて、そんな馬鹿げたお話は古来からありませんことよ?確かにリンはアンドロイドですけれど、友達であることに変わりはありませんもの。
 第一、私はリンが欲しいなどと思っていませんわ。お友達として、家に泊まりにいったり、お泊りに呼んだり、一緒に遊んで、ご飯を食べて。それが楽しみなんですの。お金を出してリンを買うなんてことをしたら、私は悲しいですわ」
 笑顔を絶やさずに、言い切る。ビリーの顔色が悪くなるのが見えた。美鈴が俯いているのは、笑いを堪えているからだろう。次は私の番だ、と、リンは考えていた言葉を、出来るだけ『アンドロイドっぽく』言い放った。
 「商用的価値のあるプログラムを所持していない当機を褒めていただき、ありがたく思います。ですが、購入希望者であるビリー・ラダビノード氏の目的に対し、マリアロンド・ヴェル・ラダビノード氏は私の所有を拒否しております。当機の搭載しているメインプログラム『RIN』の判断により、マリアロンド・ヴェル・ラダビノード氏の所有物ではなく、『マリーの友人』として、全機能を使用させていただきます」
 これには、美鈴も目を丸くした。だが、リンとマリーが目を合わせて満面の笑みを浮かべたのを見て、すぐに彼女は腹を抱えて笑い出した。ばつの悪そうな顔をしているビリーに向かい、
 「失礼、しかし、これは傑作だ。会長、申し訳ありませんがね、彼女は手放しません。なに、あなたの娘さんと友達になるというのは歓迎ですよ。たまに遊んでやってください」
 「む・・・」
 仕方なく頷く、ビリー。マリーとリンも、美鈴に習ってケラケラと笑い出した。
 食事を終えた後、美鈴とビリーは今後の打ち合わせのために退席した。残った2人は、VIPフロアの特等席に戻っている。
 センタードームには、観客はもう残っていない。片付けのためにスタッフがあちらこちらを走り回っているのが見られるが、見ていても楽しいというものでもなかった。
 ただ話をすることを楽しむ2人にとって、飲み物をタダでもらえるVIPフロアは絶好の居場所なのだろう。
 「リン、ごめんなさい。さっきはお父様が失礼なことを・・・」
 「ううん、気にしてないよ。庇ってくれてありがと」
 「本当は優しいお人なんです、許してあげてくださいね。もっとお話をすれば、リンが人間と同じであることを分かってくださると思いますわ。 リンを買うなんて言い出したのも、私のためなんですし・・・」
 「うん、わかってるよ。マリーのお父さんだもんね、悪い人のはずないよ」
 笑って言うと、マリーはほっとしたのか、最初に見た太陽のような笑顔を見せてくれた。彼女といると、自分も自然と、子供のように声を上げて笑うことが多いことに、リンは気がついていた。
 初めて出来た、友達。特別なことなど何もなく、気づいたら自然になっていたという感覚が、リンは嬉しかった。
 2人のお喋りと笑い声は、保護者の2人が戻ってくるまでのあいだ、ずっと続いていた。




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